夢のような日々







珍しく彼女の方からオレの携帯に連絡が入った。どこに居るのかと言う。とあるテレビ局だと答えると、同じ局にいるから少しだけ待っていて欲しいと言われた。

「お待たせしてすみません〜〜。はい、マドレーヌです。」

そう言って彼女はマドレーヌが入っているらしい茶色い紙袋を渡してくれた。

「ん?ありがとう。どうしたの、これ。」
「いえ、昨日思いついて作ったんです。」
「へぇ…。わざわざオレに?」

そう言うと、少し頬を赤らめた。可愛い。
オレの目は細くなり、口角が極端に緩くなる。


――まずい・・・。社さんが居るんだった・・・。


「…甘いもの、嫌いですか・・・?あ、もしかして、食べないようにしてるとか…。」
「そんなこと無いよ、ありがとう。じゃあ・・・食べていい?」
「え、あっ、はい。」

チョコレートとプレーンのマドレーヌが透明な袋に入って、上をリボンで止めてある。普段ならもらい物など、ましてや手作りの物など確実に食べないオレが、それを食べる。社さんは横で内心にやり、とほくそえんでいるだろう。


「ん、美味しい。」


小さなカップに入ったチョコレート味を食べたけれど、甘みが控えてあるらしい。幸いにして美味しく食べられた。


「良かったです。」


褒めたのに、彼女はなぜか物凄く固まった顔をした。何故?


「蓮・・・。」
「?」
「キョーコちゃんの手作りは、お昼の後のデザートにして、お昼もしっかり食べてね。仕事今日は深夜までだから。食べないと身体が持たないよ。」
「あぁ、はい。もちろん・・・。」

めずらしく彼がマネージャーらしき事を口にした。そして、「キョーコちゃんのマドレーヌを食べるなと言っている訳じゃないんだ。蓮の場合キョーコちゃんが居なくなったら「コレでおなかいっぱいになりました」とか言うんだからさ。キョーコちゃんからも「しっかり食べろ」って言ってやってよ。」と彼女に弁明をした。

「あ、お昼まだなんですか?」

彼女はそう言って、がさごそとマドレーヌを出した袋をもう一度見て、「よかったらコレ・・・」と言って、もう一つ茶色い袋を出してきた。

「こっちはサンドイッチなんですけど。良かったらお昼に…あ、こっちならサラダもしっかり入っているし…」
「君のじゃないの?」
「いえっ。コレはモー子さんにあげようかなと思っていたんです。でも…美味しいうちに食べてもらえるなら。また作って渡せばいいですから。」
「なに、今は料理修業中?それとも学校の課題か何かなの?」
「違います、違います〜。この間番組の景品で最新のオーブンを貰ったので、早速使ってみたんです。パンでも何でも焼けちゃうんですよ〜。でも私もだるまやの女将さんも朝は和食派ですし、せっかくパンやケーキを作っても余っちゃって・・・。」

「だから、本当は作るのが楽しかったから作ったんです。貰って貰えてよかったです。」と言って、また照れて、すまなそうにした。

「お昼も貰うよ。ありがとう。そろそろ移動だから車の中で食べる。」

そう言って、もう一つの紙袋を手にした。

「そうですね、すみません・・・お忙しいときに呼び止めてしまって。」
「いや、コレでお昼が決まった。その時間が浮いたからね。次への移動は早いよ。」

彼女はほっとしたように、にこりと笑って、「じゃあまた」と頭を下げて部屋を出て行った。

「蓮。」
「はい?」

車の中で貰ったサンドイッチを口にした。美味しい。食パン一斤分作ったんじゃないかというぐらいの量があったから、半分以上社さんに渡した。

「お前・・・キョーコちゃんの前で素、出しすぎ。」
「何がです?」
「顔、緩みっぱなしだろ。」
「そ、そうですか・・・?」
「オレが口挟まなかったらキョーコちゃん地蔵になったまま動かなかったかもしれない。まぁ「お前」だから、キョーコちゃんも「本音」に気づかないんだろうけどな。」
「・・・そんなに顔、違いますか・・・?」
「いいから、帰ったらそのマドレーヌでも食べてみろ。それでその後自分の顔、鏡で見てみたらいい。その顔で今度のキョーコちゃんとのドラマやってみ。視聴率30%超は固いね。」
「そ、そうですか・・・?」

社長にも言われたように、顔がどうもヒドク変化するらしい。無感情を保たねば…と思っているのに、最近それが続きすぎて、徐々にゆるくなってきてしまったらしい。

「俳優だからいくらでも感情コントロールはきくんだろうしさ、それにまあ・・・キョーコちゃんのことに限っては感情を内に閉じ込めなくてもいいけどね。でも相手がキョーコちゃんで良かったよね・・・。・・・・・にひてもは、こえ、おいひいね。」

もごもご・・・と最後食べながら口にした社さんは、持っていたホットコーヒーでサンドイッチを胃に流した。

「あーあ・・・キョーコちゃんが蓮の世話とか食事の世話してくれたりする日が来たら・・・オレはもっと楽になるんだけどなあ〜・・・。キョーコちゃんがしばらくオーブンに飽きないといいなあ・・・。また作ったって電話来ないかなあ〜・・・そしたら蓮のメシの心配っていうマネージング項目が一つ減るんだけどな〜・・・。」

好き勝手な事を口にした社さんは、「あぁおいしかった。」と言った。




***********




パシャ、パシャ、と・・・数々の報道陣のフラッシュがたかれて「こちらに視線を」と言われるがままに出演者皆が視線を動かす。最後に主役二人での記者会見が始まった。終始なごやかにドラマの内容についての質問が飛ぶ。そして。

「理想のカップルイメージランキング一位、おめでとうございます。」

とある雑誌の話だろう。前回のドラマの評判が良かったから。オレが気持ちを口にしたわけではないが、あのドラマを見て疑われたらしい。ドラマの内容とは関係ない質問がレポーターから割り込んだ。

「えぇ、ありがとうございます。」

笑顔を造った。彼女も綺麗な笑顔を造った。
そして、ヘルプを求めるかのように一度オレを見た。

「以前のドラマを見てそう思っていただけたなら、すごく嬉しいです。そのおかげで今回も続きを作っていただけましたから。」

彼女はそう答えた。

「敦賀さんと京子さんは、プライベートでもまるでドラマの二人のように仲がいいとお伺いしましたが。」
「そうですね、同じ事務所なので割と長い付き合いですからね。」
「撮影中、京子さんも沢山差し入れを作られていたと聞きましたよ?」

あまり話さない彼女に話を振る。
彼女も、「そうですね、お昼スタッフ全員分作ったりしましたよ。」と言った。

「敦賀さんの分だけではなく?」
「も、もちろんですっ。」

あからさまな質問に彼女は慌てたようだった。笑顔で返したが、それではレポーターの思う壷だろう。次の質問が出る前に口を開いておいた。

「彼女のマドレーヌは本当に美味しいですよ。いつか仕事が一緒になったら作ってもらってください。彼女律儀だから、スタッフのために時間を見てはクッキーやマドレーヌ作ってくれるんですよ。休憩時スタッフや出演者みんながとてもいい雰囲気なので、脚本にプラスアルファで、更に良く作れているんだと思いますよね。」

オレがフォローを入れると、一斉にマイクが向けられる。
彼女からマイクを離してあげたかった。

「すごい笑顔ですね。」

最初にそう言われた。

「そうですか?」
「本当に美味しいんですねぇ。彼女はドラマのようにいい奥さんになりそうですね?」
「そうですね、マドレーヌ以外も本当に美味しいですよ。次もお仕事が一緒になったらまたぜひ作って欲しいですね。」
「敦賀さんがそこまで笑顔になるんですもんね、京子さん、作り甲斐があるでしょう?」
「え、そうですね、はい。敦賀さんにはいつも本当に美味しそうに食べていただけるので・・・。敦賀さんが食べる『おいしんぼ☆』の連載記事なんて某社さん、どうです?いいと思いますよ、すごい極上の笑顔で毎回全ての食べ物を食べて下さると思います、くすくす。」


――・・・・・・それは困る・・・・・・・。オレは食べ物が好きなんじゃないんだから・・・。


そう思ったところで、司会の、「本日の会見はこれをもちまして終了とさせていただきます。」コールが入った。社さんがオレと彼女の背中を押し、二人で「失礼します」と笑顔で頭を下げた。


「本当に「おいしんぼ☆」依頼が来ても知らないよ。」

移動の車の中で社さんがそう言った。

「来ないでしょう。来たとして毎週どこかへ行って取材して記事を書くなんて今のスケジュール的に厳しいでしょう。まあもし本当にやれと言われたらやりますけど。」
「言っただろ、鏡見とけって・・・。」
「あぁ、その話ですか・・・。」
「ギリギリの笑顔だったね。『芸能人・敦賀蓮』としてのね。」
「どういう・・・意味です?」
「一瞬キョーコちゃんの手料理でも思い浮かべただろ。」
「まあ・・・マドレーヌは思い浮かべましたよ。」
「その時の思い出した瞬間の笑顔がね。レポーターにも突っ込まれてただろ?」
「そ、そんなに違いますか・・・・?」
「鏡、見ておいてよね。」


初めて社さんからダメだしを貰った。不覚・・・・。



*********



受賞カップを手に、いつかのごとく、二人でフラッシュの前に立っている。


「理想の夫婦ランキング一位、おめでとうございます。」

11月22日。日本語のゴロに合わせて、今日は「いい夫婦の日」、という日らしい。これは一応芸能人としてはありがたいことなのだろう、ネットのランキングでトップに推薦(?)されて、ここぞとばかりに呼び出され、二人並んでの授賞式。受賞カップと、後援企業から彼女宛に最新の調理器具や家電が一セットでプレゼントされた。彼女は非常に嬉しそうだ。「差し入れ沢山作っちゃいます。」とコメントした。


「いつも京子さんの話をされる時は極上の笑顔の敦賀さんと、全てのご飯を欠かさず作っていらっしゃるという京子さんに、文句なしダントツの一位でしたね。」

「ありがとうございます。」
「嬉しいです。ね?」

彼女はにこっとオレに微笑みかけた。
それがまた、フラッシュのたかれる元になる。

「昔から本当に仲がよろしいですよね。理想のカップルイメージランキングも毎年受賞されていますが・・・最初の年に京子さんがよく差し入れを作っていらしたと仰った時の敦賀さんの表情は、今とあまり変らないですよ。」

あの時に居たらしい中年の女性レポーターが、「私は分かってたのよ」とばかりに、笑顔を作った。周りのレポーターもうなずいている。

「そ、そうですか?よく『顔が違う』とか『声が違う』とか・・・言われるんですけど・・・。そんなに違うかな?」
「京子さんから見て、どうですか?」
「え・・・?そうですね、私もよく分からないです。彼はいつもこんな感じなので・・・。」
「本当に、仲がよろしいんですね。お二人とも昔から「あらぬ噂」すらないですもんね。お互い一筋で羨ましいですよねえ〜。そんなに仲がよろしくて、じゃあ赤ちゃんのご予定は?」
「・・・・あ、あのっ・・・。」

彼女はちらり、とオレを見て、またにこり、と笑った。

「・・・今おなかの中に・・・・。」


彼女がこの会見を受けた理由はコレ。

「おめでとうございます」と口々に飛び、カメラは上半身に合わせていたピントをロングに移した。周りに喜んでもらえて彼女もほっとしたようだった。無意識におなかを撫でて、小さな赤ちゃんに報告している。


「本当に、仲がよろしいんですね。もしかして、敦賀さん、もらいつわりなんかあるんじゃないですか?」
「・・・・・・・・え・・・と。」

くすくす、と彼女はおかしそうに笑い、「毎日私のおなかを撫でながら、少し食が細くなってきてますので・・・貰った調理器具で私も頑張ります。」と、今回は彼女が上手くオレにフォローを入れてくれた。珍しく困ってしまった顔を隠せなかったオレを見て、レポーターもくすくす笑っている。

「お仕事は続けられるんですか?」
「もちろんです。」
「じゃあずっと立ったままではお辛いですね。今日はいい夫婦の日になりましたね。最後に赤ちゃんを含めた3人の仲のいいお写真を下さい。今日はWおめでた、本当におめでとうございました。」

珍しくレポーターの方から先に会見を終了してくれて、オレは後ろから彼女の肩に手を置いた。彼女はおなかに両手を置き、微笑んでいた。



「蓮。」
「はい。」
「ね、バレてただろ?」
「・・・・・・・・・。」
「結婚報告するまで・・・どれだけオレが苦労した事か・・・。」
「はい・・・。」


「はい」としか言えず、彼女は「そんなに違ったかしらね?ね、赤ちゃん。」と、再びくすくすおかしそうに笑っておなかを撫でていた。








最近は部屋に帰って、二人でおなかを撫でながら会話をするのが日課になった。

「ねぇ、いい夫婦ってどんなのだろうね?蓮?」
「どんなかな。」
「これから一年近く・・・今までのようにはいられないの。だからね、少し心配。例えば、蓮の前にすごい美人でスタイルがよくて、蓮の好みの顔で、性格まで好みな女の人が現れたとするじゃない?「一日でいいから、付き合って」って言われたら・・・やっぱり、気になる?」
「・・・・・・・んー・・・・・そうだねえ。・・・・・でもさ、いいなと思って手にするだろ?そしたら君は怒って家出して・・・・家出したのに一人で毎晩赤ちゃんがいるおなかさすりながら泣くだろ?それを想像すると、もう、いてもたってもいられなくて、家に帰るだろうねえ。というか、そもそもその前提がおかしいだろ。オレが浮気すると思ってるわけ?それに君のような子・・・他にいるとも思えないんだけどね。」
「くすくす・・・ウソでもありがと。でもそれって・・・魔が差して窓ガラス割りたい衝動に駆られても、あとで片付けるのは自分だし面倒だから手を出さないとか・・・そういう理屈と一緒かしら?ねえ?赤ちゃん?どう思う?」
「ははっ・・・違うだろう。その理屈もおかしい。」
「そうかしら?」
「いい夫婦の形なんてなんでもいいよね。手を繋いでいたいとかさ、キスしたいって思えればさ。だからこの一年、沢山手を繋いで歩いて、キスしよう。」
「うん・・・。ありがと。でもせっかくいい夫婦に選ばれて沢山いい器具貰ったのに、この一年美味しい料理は作れないかもしれない。そしたら蓮のあの美味しそうに食べてくれる笑顔に会えなくなるのは寂しいかな。くすくす・・・。」


そんなに、オレの顔は変るんだろうか。
ま、幸せだから、なんでもいいかな・・・。




2006.11.22

いい夫婦の日。
どう想像しても、仲がいい素敵な夫婦になるのでしょうねえ。