となりでねむらせて





「最上さん、ごめん、ちょっとだけ待って・・・」

そう言うが早いか、蓮はすぐに寝息を立て始めた。

連日早朝から深夜まで撮影。
当然キョーコが通えるような時間に帰れる事の方が少ない。
連日キョーコを送り迎えする事も、蓮の日課になった。
だから必然的にキョーコよりも眠るのが遅く、起きるのが早くなる。

今までどうしてやってこられているのかが不思議なぐらいの、詰まった撮影日程。
台詞の量も、圧倒的に蓮の方が多い。
どこでいつ覚えているのだろう、時間の隙間の見つけ方がうまいのだろうかと、聞いてみようかと思っていた矢先。

どんな状況でも手を抜かない蓮の・・・・初めてともいえる、無防備な寝顔。

少し倒したシートにくたりと身を委ねて、すぅ、と柔らかな息を立てる整った顔は、穏やかにその長い睫毛を伏せている。

手持ち無沙汰になったキョーコは、何とはなしに台本を開いてはみるものの、となりですぅすぅと気持ち良さそうな寝息をたてられたのでは、全く集中できない。さらった台詞が、右から左へ流れ出てしまう。

どうしたらいいのか・・・・分からない状況に、キョーコ自身戸惑いをかくせない。仕方なく車内の暖房を強めて、せめて冷えないようにと気遣うぐらい。それでも身を少し小さくした蓮に気付いたキョーコは、ふぅ、と一つだけ小さく息を吐くと、蓮のコートの下に自分の着ていたコートを併せて、蓮にかけてやった。

一度うっすらと目をあけた気がしたけれど、もそもそとそのコートを無意識に抱えて、再び蓮はすぅすぅと寝息をたて続けていた。

いくら・・・今は何も関係のない二人だとはいえ、ただの車の中が、密な空間に思えて困る。なぜかとても・・・・くすぐったくなって、顔が火照る。


ただ、疲れているだけ。
だから、気を許してくれているわけでも、特別なわけでも、ない。


そう自分で自分に言い聞かせて、またひとつ息を吐いた。



*****



一時間ほど過ぎただろうか・・・・「ちょっとだけ待って」と言ったのに・・・本当に熟睡し始めた蓮に気付いたキョーコは、本当にどうする事もできずに、かといって起こすのも忍びないと、携帯で「外にいます」とだけメールを送信して、車外に出た。

大きく伸びをして、外の冷たい空気に触れる。

さすがにコート無しではあまりに寒くて、きょろきょろと周りを見渡しても、頼れるのは明るい電光の漏れるコンビニエンスストアだけ。

寒くて小走りで・・・・その暖かいだろう場所に入る。
そしてその暖かさに安心して、誰に向けるでもなく一人笑顔がもれた。

店員以外ほとんど人のいない店内を一周して時間を過ごせる方法を探すも、食べたいものがある訳でもなく、雑誌コーナー以外頼る方法は無い。

そうして雑誌をぱらぱら手にとっては・・・今公開中の蓮の映画の記事を読み、TVドラマの記事を読み、CM撮影秘話を読み・・・・と、無意識に目が蓮の写真と記事を追っていたことに気付いた。

いけない、と・・・・自分の中の何かが告げる。
きっとあの無防備な寝顔にほだされたのだと・・・・また自分に言い聞かせる。

毎回こうして言い聞かせてはいるけれど・・・・・言い聞かせなければならない自分の感情の変化に、まるで気付いていないわけではない・・・。

ただ、認めたくないだけ。

認めてしまえば、何か自分の中の張った心の防御の糸が切れる気がして、ショータローへの復讐を忘れそうな気がして。

そう、ただ、怖いだけ・・・・。



またその店内でも落ち着かなくなって、雑誌を元の場所へ戻した。

暖かいというよりは少し熱いブラックコーヒーを1本だけ貰うと、腕に抱えて車へと足を向ける。

ちょうど目が覚めたのか、少し遠くのほうで見慣れた車のドアが開いたのに気付いた。

探させてはいけない、誰もいない深夜の道路だからいいかな・・・・と、少しだけ大きな声で蓮の名を呼んで、また小走りで車へと戻る。

声に気付いた蓮も、キョーコの真っ白なコートを抱えて足早に近寄った。

「最上さん、待たせてごめんね・・・」

お互いがたどり着くと、蓮が先に第一声を発し、心配そうにキョーコにふわりとそのコートをかけた。

「寒かったでしょ・・・・良かったのに・・・。」
「大丈夫ですよ。はい、コーヒーです。」

キョーコは腕にしていたブラックを渡して、にこりと笑顔を向けた。
渡された時に触れた指先があまりに冷たくて、蓮は反射的にその手を取った。

「敦賀さん・・・?」
「本当にごめん、こんなに冷たい。」

キョーコは、固まったまま蓮を見上げるだけ・・・。

いけないと、また何かが警告する。
どうにかしなければと、遠くの方で自分の声が聞こえる。

まだ怖いの、と寒さとは違う震えがして、それが蓮に伝わった。

「冷えたね・・・・」
「いえ、大丈夫です・・・・」
「震えてる・・・・」


『・・・これ以上はいけない、糸が切れる』・・・と、キョーコの背中にいるモノがそう告げた。


「あの・・・・もう、帰りましょう?」
「あぁ・・・うん、そうだね。」


手を取り合ったままだったことに気付いて、蓮も苦笑して離した。


再び車中に戻って蓮がコーヒーを開けると、キョーコが先に口を開いた。


「よく、眠れました?」
「うん、そうだね、よく眠れたよ。いい夢をね、見ていたから・・・・起きられなかったんだ。」
「へぇ、どんな夢ですか?」
「暖かい夢・・・・。」
「なんですか、それ?それがいい夢なんですか?」
「すごくいい夢だったよ、くすくす・・・・」

穏やかな表情で笑う蓮に、キョーコもつられて笑みを漏らす。

いつかまた無防備な蓮の寝顔を拝んで見たいと、ふと思って蓮の顔を見あげると、目が合った。

「最上さんも、着くまでまだ時間かかるから、寝ていていいよ?」
「い、いえ、あのっ・・・・」

キョーコにとっては不道徳な事を考えていたせいで、声がうわずって目が彷徨った。

「気にしなくていいよ。起こしてあげるから。明日も朝早いからね・・・寝ておいで。」

単に体調を気遣う蓮の優しさに、自分の感情などいちいち追うのがバカらしくなって、素直にその言葉に乗ることにした。

「おやすみなさい、敦賀さん・・・・・・」

シートを少し倒して、蓮とキョーコのコートを併せて肩から被る。

しばらくしてすぅすぅと寝息をたて始めたキョーコの寝顔を見て、『暖かい夢』をキョーコも見ているだろうかと、一人穏やかに微笑む蓮がいた。
























2005.11.12