太陽のKomachi Angel


「・・・・あ、暑いです・・・・。」


仕事に絶対に文句を言わないキョーコも、流石の暑さに一言そう漏らした。額や小鼻に浮かぶ小さな汗をメイク担当がこまめに押さえ、何度も肌にパウダーを重ねてくれる。

「そうだね、暑いね。」

目の前でにっこりと笑った敦賀蓮は、キョーコよりも暑いだろうカッコをしている。なのに涼しげな顔で、額にわずかにうっすらと滲む汗を、蓮の担当も軽く押さえ、パウダーを重ねている。

「こんなに大変なお仕事なんですね。」
「季節が全く逆だからね。」
「知りませんでした・・・・。」

とあるブランドの冬の新作モノ特集用に、蓮の相手役としてキョーコが抜擢された。椹の口から出た仕事内容に「なぜ私が?」とわが耳を疑った。蓮の相手役という言葉に、一瞬身をこわばらせたが、仕事内容は写真撮影。それなら大丈夫・・・・と引き受けた。

椹は「日ごろ頑張ってる君に、社長から早めのクリスマスプレゼントなんだそうだよ。仕事だけどね。まあ蓮が相手ならフォロー入れてくれるだろうって。でもさ、社長が仕事としてOKしたんだから自信持っていいんじゃないの?そういえばメイクするの好きなんだって?煌びやかな服とメイク、できるんじゃない?頑張ってきなよ。」と、気軽にそうもらした。

なぜ社長がキョーコを推したかの本当の理由は椹は分かっていない。本当の早いクリスマスプレゼントは、誰のためなのか…。そして、蓮がどう写るのかを試しているのだという事も…。

キョーコは相手は蓮だけなのかと思っていたが、当日現場に入ると、そのブランドの男性専属モデルが勢ぞろい。190を越す8〜9頭身がずらりと並び、普段周囲より一つ頭が出る蓮が普通に見えてくる。

蓮とペアを組むのはキョーコだが、それ以外の男性モデルの相手の女性陣は、全て職業モデル。服と靴とメイクとでフォローできてはいるものの、初心者。居づらい気がする。そんなキョーコに職業モデルの子は「あの宝田社長が推したのだから」と、いきなり蓮の相手役を張るキョーコに、内心複雑ながら、営業スマイルを向けた。


蓮とキョーコは真夏の暖炉の前で、クリスマスツリーの横で冬物のコートに身を包み、キョーコはウイッグ。流れ落ちる汗に、キョーコもメイク担当に「ごめんなさい」と謝る。


「そうねぇ、汗はいいけど初めてだしキツイわよね・・・。ちょっと待っててね。」


そうメイク担当が言って、しばらくした後に、小さな丸い桶に、買ってきたのかドリンク用のロックアイスとひたひたの水を入れて持ってきた。


「これで指先だけでも冷やすといいわ。あ、でもネイルをあまり傷つけないようにね。ここにタオルは置いておくから。」
「わぁ、ありがとうございます。」

周りの強い照明に反射して輝く水面の中に、そっと10本の指を浸す。

「気持ちい〜〜〜〜。」

満面の笑みのキョーコを見て、くすくす、と、蓮も目を細めた。

「あ、敦賀さんも・・・どうぞ?」
「いいよ。オレは慣れてるから。」
「そうですか?すごく気持ちいいですよー。」

小さな桶の中で、手を開いたり閉じたりして、氷と戯れているキョーコを、本当に暑くないのかのように、涼しげな表情で見守る蓮に気づいたキョーコは、視線をまた桶の中に戻した。

「コーンは…暑いのが苦手だから…きっと今頃、水と戯れてるかな…。初めて会ったのも水辺だったし…。大丈夫かな?コーン…。」

一つの氷を手のひらに掬って、蓮に言うでもなくキョーコは一人つぶやいた。

「大丈夫だよ。」
「・・・・・そうですよね?それにもう、大人になっていると思うしっ・・・。」

独り言に返答をくれた蓮の声に、ふと水面から顔をあげると、涼やかに穏やかに微笑む蓮と再び目が合った。コーンが実際どうであれキョーコにとって確認する術がある訳も無く、何となく思い出してつぶやいたのだが、蓮の「大丈夫」という一言に何となく心が和んだ気がした。

「その手のひらの氷くれる?」
「はい、どうぞ?でも食べたらダメですよ?」
「食べないよ・・・。」

ふっと笑って、手のひらに掬っていた氷を取ると、「こうでしょ?」・・・と強く輝く照明にその氷をかざして見せた。まるでクリスタルのように無色透明、屈折した光がその氷を通して見えた。

「元気にしてくれるおまじない。色は…変わらないけどね・・・くすくす。コレ、冷たくていいね。」
「はい・・・。」

水の中でコーンと同じぐらいの大きさになっていた不規則な削りの氷と、蓮のしぐさにキョーコの心臓は勝手にどきりとして、言葉に詰まった。


蓮は、その氷をずっと手のひらに載せたまま、黙って眺めていた。暖炉から離れていても、冷房が思い切り吹いていても、暑い事には変わらない。自然と、手のひらの中で小さくなり、溶けて、そして水になった。


「無くなっちゃったね。」
「きっと敦賀さんの疲れも、今その氷と一緒に消えましたよ・・・」
「そうだね・・・きっとこの後・・・もっといい撮影ができる・・・。」


お互いどこか複雑な心境のまま、目を合わせない。
蓮の手の中で水になった氷の残骸を、お互いに眺め続けていた。


「だいぶ、汗がひいたね。」

キョーコの手のひらからもう一つ氷を指でつまみ、蓮が穏やかに声を発した。

「あ、はいっ。」

しばしコーンとの思い出と蓮のしぐさの意味に脳内篭っていたキョーコは、われに返って、勢いよく指を桶から引き抜いた。

「コーンに、氷の存在を教えてあげなきゃです。この周りなら涼しいよって…。」
「教える?どうやって・・・・?」
「ちょっと待っててくださいね。」

一度席を立つと、走って楽屋まで戻り、バッグの中から『コーン』を取り出すと、また元の場所まで戻った。

「ドリンク用のロックアイス買って帰って、こうして浸して…涼しい?って。いつも元気を分けてもらってるので…たまには御礼しないとですよねっ。」

にっこりと優しく笑うだけの蓮は、氷水の中でキョーコの手の中にあった『コーン』を指でつまんで、もう一度、今度は『ホンモノ』を強い照明に当てた。

「きっと『コーン』も喜んでる。」
「はいっ・・・。」

キョーコが大事にしているコーンの思い出を唯一知っている蓮が「喜んでいる」と言ってくれると、本当にコーンが喜んでくれているような気がして、キョーコは単純に嬉しかった。


「京子ちゃん、どう?いけそう?」

メイク係が、キョーコの汗が少し収まったのを見てとり、声をかけた。

「はいっ。あの、この氷水と石、撮影中このまま見ていて頂けませんか?」
「えぇ・・・いいけど・・・。見てるだけなら・・・。」

「?」のまま、キョーコ担当のメイク係は、桶を眺めた。そしてキョーコも、蓮も、氷と「コーン」の思い出とに癒されたのか…コーンが二人の間を取り持つように、体感温度的には季節はずれの「恋人たちのクリスマス」画が、和やかに撮れたようだった。宝田社長は、どんな判定を下すだろうか。



撮影後、桶の中から、水になってしまって殆んど残ってない氷の中から、コーンを取り出すと、キョーコはにっこり微笑んだ。

「これで浄化完了です。」
「浄化?」
「たまには吸い取ってくれたモノ、外に出してあげないとですからっ・・・。」
「ふ・・・・。」

穏やかに微笑む蓮とキョーコは、暑さを忘れるようにしばし石を眺めて、そして、キョーコが「暑い・・・・」と我に返って、互いに笑った。


「暑いね。着替えて冷たいものでも食べに行こう。オレ達も浄化されないとね。」
「カキ氷がいいです。」
「カキ氷?どこで食べられるかな・・・?」
「もしこの後お仕事が無いなら社さんと一緒にだるまやに寄って行きませんか?車ならココからすぐですし。私が作ってご馳走します。」
「ホントに?仕事はもうおしまい。そうしようか。」


氷が解けて水になるように、キョーコの心も・・・いつしか溶ける事を、蓮はただひたすら傍で見守り、待っている。その溶かす熱の役と浄化役を自分が出来ることに、嬉しささえ覚えながら・・・・。




― 残暑お見舞い申し上げます ―





2006.08.22