あなたの暖かさが霧散して私に降り注ぐ。

水をつかむようで掴めない、でもすぐそこに在る確かなもので。
霧散したそれは私の肌に吸い付くようにそっと包み込んでくれていた。
そうしてゆっくりと私の心を軽くして、そして強くしてくれていた。

だから私の心も霧散して、ずっとあなたの傍で降り注いでいると、信じているけど。


Shower


敦賀さんが海外に拠点を移してから2年。

私は彼が残したマンションにずっと一人で住んでいる。
真っ白な猫は居てくれるけど。

あなたは居なくて。

この広い部屋は、ただの大きな箱。
仕事なのだと、そう思ってみても・・・離れた距離と時間は遠すぎる。
日本に帰ってこられるのは、せいぜい年に3回。
毎回、一週間もいられない。

貴方が拠点を移す事に何ら戸惑いは無かった。だってそれは仕事で。
貴方が決めて、貴方がそうしたいと・・・思ったのだから。

そう、イイ子のフリをしたのがいけなかった。
「行かないで」なんて、ベタな、女の子のように可愛いわがままなんて言えなかった。
だってそれは、喜ばしい事・・・・・・。


ならどうして・・・私の気持ちを確かめてから、行ったの・・・・?
こうしてほっていくなら、ただの先輩と後輩で、良かったのに。


最初はそう、思ってた。


敦賀さんが私と・・・実際付き合ったのなんて、たった3ヶ月。
3ヵ月後には異動する事が分かっていて・・・それなのに、彼は私の気持ちを・・・暴いた。

そして、受け容れてくれた。

だから、こうして貴方は私を縛り付けてからじゃなきゃ行けなかったって・・・分かってる。

付き合ってすぐに、彼は私と一緒に住みたがっていた。
拒んだ私を怒らなかった。
でもやっぱり仕事の後会いたくて、しばらくして、一緒に住み始めた。
そうした理由に気付いたのは、空港に立っているあなたの姿を、この部屋で一人TVをつけて目にしたとき。

異動する事は相談してくれたけれど。
いつ行くかなんて、言わなかった。
だからあの時、さよならさえ、お見送りすらも、させてくれなかった。



でもそれが、貴方の私への最大の愛と優しさだったって、気付いたから。



私は一人では入れなかった、敦賀さんと一緒に居たベッドルームに久しぶりにいる。

懐かしさと、まるで貴方の気配のしそうな・・・いつも通りのベッドメイキング。腰掛けて、すべすべしたシーツをそっと撫でただけで。


私の目から涙が溢れて、止まらなくなった。



貴方がずっと目の奥で・・・私を確かめるように腕にしていたのは、行く事が分かっていたから。

確かめて、貴方に縛り付けるだけ縛り付けて、そして目の前から居なくなった。

そして、気まぐれに帰ってきては、またいつものように私の目の奥を確かめる。


貴方の手がそっと降りてくる時、その目の奥が一瞬、私の心ごと覗き込んでくる。

全て見透かされているようでその視線をそらすと、ふっと優しく微笑んで。

そうして近づくあなたの唇が触れるか触れないかの・・・・・・一瞬の嬉しさと恥ずかしさとが、私の吐息に全て込められて、そっとあなたに触れてしまう。

貴方は私の気持ちなど分かっていたようにまた優しく微笑むと、それを飲み込むように貪るように私の唇を確かめていく。



溜息にも似た吐息を貴方と共有している時、私は切なくて仕方が無くなる。

貴方がもう帰るのかと思うと、切なくて、どうしようもない。

「帰らないで」とは、言えない。
だから貴方の荒い吐息と共に、全て飲み込んでしまう。


そうして何度も続ける貴方の唇を止める事が出来ずに、いつも流される。


優しい声と指先に溶けて、流されて、霧散する。


まるで貴方にとてつもなく愛されているのだと、自分に思い込ませて。
強いフリをして。我慢できているフリをして。




好き。
本当に好き。



だからこれ以上、私の目の奥へ、入ってこないで・・・・。







「相変らず、泣き虫だね。」



そう、敦賀さんが言ったような気がして。

振り返ると、苦笑している彼の姿が目に入った。


「久しぶりに顔、見られた。」


ベッドサイドに近寄るとすぐに、私は彼の腕の中だった。

私の目の奥はどしゃ降りで、多分、敦賀さんには見えなかったと思う。
でも・・・見えなくてもここで泣いているだけで、敦賀さんには全て分かってしまっただろう・・・。

私もぼろぼろ零れる涙が止まらなくて、敦賀さんの目の奥は見えない。

でも、私の頬を確かめるようにいつものように手が降りてきて。
親指でそっと涙をぬぐってくれた。



『傍にいて。』



その一言が、言えない。

だからまた貴方のくれる一瞬の吐息と共に、飲み込む決心をしたのに。



「こんなトコで一人で泣くなんて・・・・・。『一緒にいて欲しい』なんて、オレには言ってあげられなかったんだけど・・・・・。言って、いい?」



貴方も、同じ思いでいてくれた事に、気付いた。




ゆっくりうなずいた私の目の奥を、また覗き込むようにした貴方の目の奥は、いつものように確かめる目じゃ無かった。


切なげでどうしていいか分からなくて、いつものように視線は逸らせなかった。


そして降りてきた唇もいつものようにそっと私を確かめるような唇じゃなかった。貴方の唇も手も腕も、全てに余裕が無かった。



まるで愛されているような、気がした。



私の瞳の奥は、いつの間にか違う種類の涙が溢れていた。



私の唇から不意に漏れた吐息が、白く小さく丸い形になって貴方の唇に触れて。ゆっくりと、あなたと私の吐息が一つに溶けていく。


少し湿った白い吐息は、まるで愛された一瞬の証拠のよう。
ほんの一瞬だけ見えて、すぐに消えていく。




「敦賀さん・・・・・傍にいて・・・。」




貴方の愛が霧散して、私を包みこむ。



貴方の暖かい腕の中で、冬が、来る。























2005.10.12 RING-K.Side-