どこまでも続いていく、彼女と彼の感情の環。

それをどうしても断ち切りたかった。
断ち切ってから、いなくなっておきたかった。


昔お別れした時は、断ち切れなかったから。



RING(Shower R.Side)



彼女の心の根底には不破がいる。


復讐をする事だろうが、愛することだろうが、それは同じ。
表裏一体。
それでも時が彼女を変えていったように、いつか彼のことも忘れて、誰かに恋をするだろうと・・・・・思っていた。

だけれど、彼女は忘れなかった。

いつまでたっても、どんなに女優として大成しようとも・・・不破の事になると、顔が変わる。かといって・・・オレが何かしてあげられるわけじゃなかった。

でも、オレがいて、彼女がいて、不破がいる、もうそんな当たり前の毎日も終わる。あと数ヶ月間日本に滞在した後、オレは日本を発つ。この関係からオレは先に抜ける。


だから。


最後、不破との事は、どうにかしておいてあげたかった・・・・。
オレが以前彼女にさよならしたときは、彼女は嬉しそうに不破との事を話していたけれど。

でも今は違う。

復讐と名をつけてはいるものの・・・要は忘れらないだけ。

ふった男の事などさっさと忘れてしまえばいいのに、とそう思うけれど、彼女が彼のために費やしただろう気持ちも時間も、簡単に忘れるには長くて多すぎる。


彼女は昔彼を心から好きだったけれど、彼はそれを拒絶した。
だから彼女は彼に復讐をするけれど、彼はそれを受け止めるかどうかは分からない。
その終わりがどこにあるのかも分からない。


そうして、彼女と彼は、いつまでたっても、無意識に繋がっている。


不破がオレに敵対心を抱いているのは、最近はどうも違う理由があるようにも見える。
そうして、二人は二人してオレに、「アイツは自分のモノ」と見せつける。
そうしてどこまでも続いていく、彼らの無意識の感情の環。

オレが居なくなったあと、ずっと一人で不破への復讐を続けていって・・・・もし、不破が先に彼女へ気持ちを吐き出すか・・・もしくは諦めて結婚などすれば・・・・彼女は一人泣くのだろうか・・・。


だから、どうしても、断ち切ってしまいたかった。
オレはいなくなるけれど・・・・それでも・・・・最後にせめて。
彼女に、傷ついたことを忘れて、一時でも幸せになって欲しかった。
オレにも恋がとても幸せで楽しいものなのだと分かったように、君にも恋は楽しいのだと、教えてあげたかった。


だから最後の三ヶ月だけ、オレの恋を教えてあげようと思った。
そしてそのどこまでも続いてく環を、断ち切ってしまいたかった。
もしオレと、フリでもいい、恋らしきものでも出来れば、君はまた別の男を・・・見ようという気になるかもしれないと思った。


最後、彼女に嫌な男を演じて別れればいい事。
彼女はもちろんオレに復讐は誓わないだろう。


オレも、思い出にするには・・・3ヶ月あれば十分・・・・。
今までの子と同じように・・・・。


彼女が不破を忘れるぐらい愛してあげるには、それで十分。


恋だろうが、愛だろうが、嘘だろうが、どんな名のつく関係でもいいから。

一度だけでいいから、君に恋を教えてあげるついでに、オレにも夢を見させて欲しいと。
オレがいない間に、彼女と不破の関係だけはどうにもならないようにしておきたいと。


そんなある意味自分の欲望と希望を込めて、彼女の頬をそっと手で包んで額を合わせた。

誰も来ない場所。
壁際に追い詰めて、そのまま真っ黒い暗幕を引いて纏って、隠した。


そのまま互いの息がかかる至近距離で、じっと目の奥を覗きこんでいて。彼女もしばらくオレから目を逸らさずにいた。

彼女は詰めていた息をふっと吐くと、苦しそうに目を細めて・・・言った。

「どうして・・・・私にこんなことを?」
「君に恋を教えてみたくなったんだけど。知りたくない?」

彼女の頬から手を離すと、額を合わせたまま抱き寄せた。
びっくりしたように固まった彼女は、目をそっと伏せた。

「・・・・それを敦賀さんに教えていただいて・・・・それが演技に役立つ・・・ぅっ・・・」

また演技の話を始めてごまかそうとするその先の言葉を、唇で遮った。詰めたままだった息が優しくオレの唇に触れる。何度も唇を離してはまたゆっくり口付けて、何か言おうとする彼女の言葉を何度も遮った。


しばらく後、唇を離した隙に、唇に両手を当てられて。
彼女は、また苦しそうに目を細めた。


「・・・・・・敦賀さんは・・・何も知らない私に・・・教えてくださるだけで・・・・・・・・・でも・・・・そんなに優しく口付けられると・・・・私、ダメになります・・・・。」


手を唇から離してくれた彼女は、オレの腕の中で小さくうな垂れた。


「恋を知りたく、ない?」
「・・・・知ってます、私。」
「不破だけ・・・・だろう?」


そう言うと、彼女はすっと顔を上げてオレを見た、けど。
彼女の大きな目は潤んでいて、その大人びた目に、逆にオレの方が・・・・・・・目が離せなくなった。

「もし・・・演技指導として教えてくださると・・・そんな気に、なったのなら。嘘でいいから、そんな恋人役やりたいです・・・・。」

「なぜ・・・・?」

「私の理由なんて、なんでもいいんです。敦賀さんは色んな女優さんを、そうして夢を・・・見させてきたでしょう・・・・?私にも・・・一度でいいですから恋人役として、『幸せな夢』、見させて下さい。敦賀さんが満足いくような演技ができるかは分かりませんけど・・・・。」


彼女の苦しそうな潤んだ瞳が、オレを好きだと、でも言えないのだと、そう言っていた。


彼女も女優。今まで全く気付けなかった。
理由など何でもいいから、恋人役になりたいと言うこの子も、オレと同じ気持ちでいるのだろうか・・・・。

「演技じゃない、本気だよ・・・・。『幸せな夢』、オレも見たいんだけど。」

ゆっくり口付けてまた、瞳を覗き込んで。
彼女のすぐに伏せた目が、オレを好きだと言っていて。
とても可愛かった。
すきだよ、と耳元で囁くと彼女もオレの耳元で同じように囁いてくれた。


彼女の環を断ち切れた喜びと、三ヵ月後いなくならなければならない苦しさに苛まれながら、彼女を強く抱きしめた。


「なんだか・・・いけないこと・・・・しているみたいで・・・・あの・・・・ものすごく恥ずかしいんですけど・・・。」
「そうだね、こんなトコでね。いけないよね、ふふっ・・・・。」
「もう、やめません?」
「・・・・やめないよ・・・・くすくす・・・・。」





彼女を暗幕に包んだまま、消し去りたい気持ちだった、二年前の冬の出来事。




彼女に恋を、オレの愛を、教えられるだけ教えたオレは、三ヵ月後日本から発った。


一言「家と猫をよろしく」とだけ書きおきして・・・・。


お別れもしなかった。
嫌な男も演じなかった。
でも、待っていてとも、迎えに来るよとも言わなかった。
そして、とても卑怯な手紙を残した・・・・。


彼女がオレに復讐を誓ってくれているような気がした。


オレの勝手な書き置きを守ってくれているのか、いつ帰ってもオレの部屋はまるで昨日出て行ったときと同じで、彼女がどれだけオレを待っていてくれているのかが、すぐに見て取れた。

帰る度に伸びていく髪が、まるでオレを思い続けてくれている証のようで、嬉しかった。


毎回別れを告げるのがいやで、彼女が寝ている間にいなくなった。



今、帰ってきて見つけた彼女は、オレの寝室で一人泣いていた。
オレを見て、さらにぼろぼろ零れた涙が、全てを物語っていた。


異動をすると相談した時も、今まで帰ってきたときも。
一度も涙を見せなかった。


彼女がこの家で、どんな思いで・・・・この二年間を過ごして来てくれたかなんて、すぐに分かった。


オレも、もうダメだった。
どうしようもなく可愛くて、愛しくて。


恋を愛を教えてあげていたつもりだったけれど、オレが教わったような気がした。


これが、どんな名のつく関係でもいいから。
ただもう離したくなくて、一緒にいたくて。


触れた彼女も、もうダメだった。



「愛してる・・・・」



そう何度も囁いて、肌寒さを遮るように、彼女の優しく暖かい体温に身を沈めた。
彼女の嬉しそうな笑顔が、全てを物語っていた。


そう、これが全て。


『幸せな夢』の続きが、ようやく見られる。




君とオレの環が繋がった気がした。





もうすぐ3年目の暖かい冬が、来る。






















2005.10.16 Shower-R.Side-