月だけが、その全てを、知っている。






OFF THE LOCK(愛と憎しみのハジマリ劇場C)





――敦賀さん、ご飯もう食べたかしら・・・・?



その日仕事を終えて、そのマンションの玄関前に立ったのは、夜も9時を過ぎてしまっていた。一人このマンションに来るのは、とても勇気がいった。誰が、どんな写真週刊誌の人間が、敦賀蓮の初ロマンスを撮るが為に隠れているかも分からない。もし、ココでこのマンションに入る人間を全て撮られていて、もし住人ではない、しかも京子だと分かったなら、敦賀さんだけでなく、京子としても問題が出るかもしれない。だから軽率な行動なのかもしれないと思いながら、一方で、


『敦賀さんに会ったのだけど、体調が悪そうで顔色が酷く悪かった』


そんな話を、社内で歩く女優さんが廊下で噂するのを耳にして、つい、食材を沢山買って、ここまでやってきてしまった。普段そつなく全ての仕事をこなす強靭な体力の持ち主も、たまには魔がさすのだろう、もしかしたら熱があるのをまた我慢しているのかもしれない、そう思って、やってきた。


フロントで部屋番号を押す。



――ピンポーン・・・・・・。ピンポーン・・・・



3回ほど押して応答する声が無く、仕方なく帰ろうと背を向けた時に、「はい」と短く一言だけ、低い敦賀さんの声がした。


「あ、あのっ・・・最上ですっ・・・夜遅くにすみませんっ・・・。」
「え・・・最上さん?今、開ける。部屋の前まで来られるね?」
「ハイ。」

自動ドアの開く音がした。エレベーターのボタンを押す。何か、落ち着かない気分で、それが降りてくるのを待った。エレベーターに乗り込み、敦賀さんの部屋のフロアで止まる。それが開くと、驚いた顔をした敦賀さんが、立っていた。


「最上さん・・・?どうした・・・?」
「あ、敦賀さん・・・こんばんはっ。お久しぶりですっ・・・・。」
「こんばんは・・・。」
「夜遅くにご迷惑かと思ったんですけど・・・・あのっ・・・コレッ・・・・・ご飯・・・をつ、作りにっ・・・・。体調大丈夫・・・ですかっ・・・・?」
「・・・・・・?体調?大丈夫だけど・・・・・?」
「か、顔色が冴えなかったって・・・聞いて・・・もしかしてまた熱が出ているのを我慢しているのかと・・・・。」
「・・・・・・?熱はないし、今日は一日大丈夫だったけれど・・・心配してくれたのかな。ありがとう。」
「じゃ、じゃあ・・・大丈夫なら、帰ります。」
「・・・・それ・・・作りにきてくれたんだろう?」
「・・・・・・・・はい。」
「じゃあ、食べる。まだ夕飯は食べていなかったから。良かったら作って?」
「はい・・・・。」


私の手から食材を持ち上げると、キッチンテーブルに食材を置いて、敦賀さんは、しまわれている鍋やフライパンを上から取り出してくれる。

「何を作ってくれるのかは分からないけど、置いておくから。足りなかったら言って。」
「はいっ・・・・。」


そうして久しぶりに、敦賀さんとの食事を、した。彼は相変わらず口数は少なく、「美味しいね」と言いながら、綺麗に食べてくれた後、最後少量の水を含んで口を開いた。


「どうして、オレの体調が悪いなんて・・・・?」
「わかりません、そう聞いたので・・・・。」
「くすくす・・・噂だけで信じてしまうなんて・・・・。電話でもしてくれれば良かったのに。」
「そ、そうですね、そういえば・・・。敦賀さんの体調が、ってだけで・・・焦ってしまって、そんな事気にも止めなくて・・・。わざわざ夜遅くにお邪魔する事も無かったんですよね。もしかして、今日の私のせいで、敦賀さんに要らぬ迷惑が・・・かかるかもしれませんし・・・もし、あのっ・・・撮られていたら、社長さんには、先に言っておいてくださいね?「食事を作りに」って・・・・。」
「あぁ・・・別に、君がそんな心配はしなくていいよ・・・。」」
「・・・・・すみません・・・・・。」
「いや・・・そういうのは、書きたいヤツは写真一つで勝手に話を作って書く、って事。別に君とならいいけど?いつも遊びに来ます、とでも言うよ。」
「・・・そんなの、世間は信じません。」
「そうかな?」
「か、彼女でもないのにっ・・・で、でもっ・・・敦賀さんの顔が・・・・見たかったって・・・いうだけで・・・・来てしまって・・・・・。だから、もう、なるべく勝手に来ないようにしますっ・・・。」
「・・・・・・・・。」


真っ赤になって、俯いた。久しぶりに、恥ずかしい事を言った気がした。そんな、やけに長く感じた居心地の悪い、無言の時間を、ふっと穏やかに笑って切った彼は、食器を片付けて、そして、送るよ、と言った。


「い、いえっ!勝手に来ておいて・・・送ってもらうなんて。一人で帰れますっ。それに今度は敦賀さんの車が出てくるところを、狙って待っているかもしれませんし!!」
「・・・・・・ご飯美味しかったよ、じゃあね、なんて・・・・女の子一人で夜道を帰すなんて・・・オレが出来ると思う?」
「・・・・・・・・・・・・。」

敦賀さんは、しないだろう。
それは分かっていたのだけれど。


「ふむ・・・・。じゃあ泊まって行く?」
「い・・・いいえっ・・・。おおおお、女の子一人で・・・・マンションから出てきたのは朝、と、ととと、泊まったなんて・・・週刊誌に書かれてみてくださいっ!!!!」
「別に、誰かがもう撮っているというわけではないし・・・もしそうなったら、前にしてくれたように、熱の看病をしてもらったと、言うよ。君のラブミー部の仕事は社長が決めているんだろう?それなら社長に言い訳する為のお願いをする事はできるからね。」
「えぇっ・・・・。」
「それに・・・くすくす・・・・そんな事を言っていたら、君は一生この家から出られなくなってしまうよ?」
「は、はぁ・・・・それも・・・そうですねっ・・・。」
「じゃあ、帰る?帰らない?どっちか、選んで。」
「じゃあ・・・・敦賀さんが言い訳するなら、どのパターンがいいか、選んでくださいっ。」
「・・・・・・・・。」

じっと・・・無表情で目をまっすぐに見つめられて、困って、目を逸らした。


「じゃあ、京子の初ロマンスを、オレが貰っても、いいんだね?」
「・・・・・・・・?」
「オレの初記事が載る、という事は、必然的に君も初記事だね。オレが、社長にお願いしたりして・・・どんな言い訳をしようと、信じないだろうねぇ・・・・。」
「わ、私なんかではっ・・・その・・・比べようが・・・。」
「というわけでね、どっちでも同じだよ、もし撮られていたならね。話は勝手に、敦賀蓮と京子、一セットだよ。」
「・・・・・ゴメンなさい。」
「・・・君がどんな理由であれ、オレの体調を心配して、思わず来てくれた事はとても嬉しかったし、久しぶりに会えたしね。でも・・・本当に泊まっていってくれたって構わないけれどね。眠くなるまで色んな話をしよう・・・。君の下宿先の人が許せば、だけどね。」
「だるまやのお二人は・・・ええと・・・大将が明日きっと、機嫌が悪くなりますね・・・無断外泊なんて、って・・・とても心配性で・・・くすくす・・・。」
「じゃあ、もう少しだけ話をしよう。眠くなったら送るから。車の中で寝てくれたらいい。」
「はい・・・・。」



いけないと思う傍らで、もう少しだけ顔が見ていたくて、傍にいたくて、自分自身の恋の誘惑に負けて、それを拒む事が、出来なかった。



沢山の、たわいも無い話。撮影中のNGの山や、俳優さんやスタッフさんの意外な話、新しい仕事の話。



敦賀さんは、とても穏やかに、笑っている。ものすごく心地のいい、ゆっくりと低く優しい声で、私の問いかけに、答えてくれる。とても幸せで、とても、甘ったるい苦しさが、心の奥を行ったり来たりしていた。




その穏やかな雰囲気を纏う彼は、全く別の激しい顔を、持っている。



敦賀さんは、男の人だ・・・。




――触れたい。




あの時のように、キツク、激しく、まるで気持ちが通じ合ったような感じのした・・・・その唇に・・・・。また・・・あの時のような・・・・・






「・・・・さん・・・最上さん・・・聞いてる?」
「えっ・・・・?な、何でしょうか?」
「オレの・・・顔を見つめたまま、考え事・・・?」
「えっ・・・あのっ・・・すみませんっ・・・・。」


まるで考えていた事を見透かされたようで、顔中真っ赤だっただろう。顔が上げられずにいて、視線を敦賀さんの身体に落としたままでいると、敦賀さんはしばらくして、時計を見あげたようだった。


「12時を回ったよ。どうする?帰る?」
「・・・・・・・。」
「・・・・・・まだ、もう少し、一緒に、いたい・・・です・・・。まだ、眠くない・・・。」
「さっき・・・・オレの唇を見ながら・・・・何を考えていた・・・・・?」
「・・・・・・・・・。」
「・・・たまには・・・正直に、誘われてみようか・・・・。」


気付くと、するするする・・・・とあっという間に耳の後ろに指が這い、傾いた整った顔が近づき、固まったままの私の唇を、そっと甘噛みするように食んだまま、敦賀さんは、「こういう事、考えていたんだと、思ったんだけど・・・?」と言って、唇を、離した。


「・・・・・っ・・・・・。」
「・・・可愛い・・・。」
「・・・・・敦賀さん・・・・。」
「何・・・?」
「・・・・食事なんて、熱なんて・・・体調なんて・・・・・会うための理由・・・一生懸命、探していました・・・・。きっと、もう、単に会って、顔が見たかっただけなんです。好きなんです・・・・だから、迷惑がかかるのを知っていて・・・・来てしまって・・・ごめんなさい・・・。」
「・・・・・・・分かった。・・・・言い訳なんてしないで・・・もう『本当』に、しようか・・・・。」
「・・・・・・本当・・・・・・?」
「・・・・・・・・君の下宿先の人にも、世間にも、誰にも、言い訳なんて、しなくていい。待たせて悪かった・・・オレももう、我慢するのはよそう・・・・。でも・・・今日は、送る、という選択肢は無くなるよ・・・・?いい・・・?」


――こくり・・・。


首を一度だけ縦に振る瞬間の感覚、それは、深く心に刻まれた。
夢の中にいるようで、スローモーションのように、脳裏を流れた。


やさしく口付けられて、そっと抱き上げられた。
そうして、彼の腕の中の世界に、ハジメテ、一歩、足を、踏み入れた。


とてつもなく緊張をした中で、緊張をしているのは私だけではないと、分かったのは、そっと・・・頬に触れた指先が微かに震えたからだった。唇から漏れる息が、とても苦しげだったからだった。



その晩、望んだ激しい唇を、彼の別の表情を、沢山、沢山、目にした。覚えきれないぐらい、沢山の顔を、声を、私に、惜しげもなく、見せてくれた。


互いに、ただ、ただ、何度も、すき、と繰り返した。そして、愛していると、言ってくれた。それを言われたときに、とてもとても言い表せないような愛しい気持ちに襲われたから・・・愛していると、私も返した。



敦賀さんの、それを聞いたときの切ない表情を、きっと一生忘れないだろう。激しく口付け合い、もう隙間など無くなるぐらい・・・互いの心を深く探り合い、埋め合った。




気付いたとき、ふわり、と・・・・彼の香りがした。
恥ずかしくて、目を開けられずに、いた。

ベッドに腰掛けた敦賀さんは、そっと私の頬を手で包む。
唇を、そっと、塞がれた。激しい唇に、声が、漏れた。


「お嬢さん・・・眠る演技は・・・もっと上手にしないとね。」
「・・・・・・・・・///。」

片目をそっと開けると、

「くすくす・・・脈でバレバレだよ・・・・・くすくす・・・。」
「ドキドキしない女の人なんて・・・・いないですっ・・・・。」

敦賀さんは、また、とても穏やかな顔を、していた。

真っ暗な空間に、月の光だけが、燦々と降り注ぐ。
何も見えなくても、絡めあった指先だけで、気持ちを伝え合える。


「・・・・・敦賀さん・・・・・。」
「うん?」
「・・・・本当は恋をしていたんです・・・・もうずっと長い間・・・・。」
「・・・オレもね・・・・・もう長い間・・・どうしようもないぐらいにね・・・。」
「・・・・・ずっと恋をして・・・・いたいです・・・。」
「うん・・・ずっと、ずっと・・・・ね・・・・。」


半分夢の中で、二人で同じフレーズを繰り返すようにして会話をした。徐々にゆっくりになっていく、その繰り返しが、その優しい声が、脳の全てを占めたときに、先に意識が無くなった。



「・・・・・・・おやすみ・・・・・・。」










朝、目が覚めたときも、その腕の中の世界は、とても、温かかった。



――愛しい・・・



目が覚めて、照れた私を見て嬉しそうに抱き寄せてくれたその腕の中で、彼の体温を感じた時にも、そう、思った。


愛おしい、愛おしい、その、腕。
眠くなるような、優しい、体温。
また、さらに、どうしようもないくらいに、深く、恋を知る。



そして、昨日の私たちの『本当』も、既に消えかけた月だけが、その全てを映し、知っている。















2007.04.16



続きを待っていると言って貰えたので更新してみました。コレで最後です。最後はもちろんハピエンですっ♪恋の紆余曲折がとてもすきなので、キョーコさんには仕事だけでなく、恋でも紆余曲折して欲しいと切に願っております・・・・v