MOTEL

 

何の疑いも無く、君はオレを信じてくれている。
なぜ何も疑いを持たないのだろう。

そのやわらかい手がオレの髪に触れて、数度髪を撫でた。

「敦賀さん?」

考え事をしたオレに、彼女は、不思議そうに、そして、大きな無邪気な目で、見つめていた。

 

「あ・・・、ごめん。台詞をさらっていたんだ」

 

とオレは答えた。

 

「あ、そうだったんですね、邪魔してしまってごめんなさい」

 

オレがついたウソに、君はとても気づかって、一歩引いた。
全くのウソだなんてこれっぽっちも思っていないだろう。

 

「いや」
「もしかして体調が悪いとか、何か考え事でも、と思ってしまって」
「いやな顔してた?」
「いえ、一点を見つめたままだったので」

 

君の事を考えていたんだ、と言えたら、どんなに良かっただろう。

 

 

夜のホテルに、男女二人。

たまたま休憩室と食事がホテルの部屋だったというだけ。社さんが、気を利かせたつもりなのか、部屋からすぐに出て行った。

 

どこかで、彼女は、全く無防備で、完全にオレを信じている。
また無防備に、それは無邪気な笑顔で、振り向いた。

 

「そうだ、敦賀さん、敦賀さんっ」
「?」
「これこれ、この写真、見てください」

 

そっと傍にきて、横に座る。
携帯の画面を見せる為に、すぐ横に座り、今日撮ったという共演している犬の写真を見せてくれた。

「・・・・で、ね??でしょう???」

 

少し紅潮した頬で無邪気にオレの顔を見上げる様子。
くるくると動く瞳。
Tシャツからのぞく細い腕、肩。
軽くめくりあがったスカートからのぞく、太もも。
その下にのぞく、ベッドとシーツ。

 

「ハァ・・・・」

「ええっ〜ためいきですか???かわいくないですか?」
「いや・・・・ごめん。また頭の中で台詞をさらってしまって」
「そうですか・・・」
「ごめんごめん」
「敦賀さん、覚えられなかったんですか?」
「いや・・・・休憩中のせいかスイッチの切り替わりが遅いみたいだね、ごめんね」
「・・・・ごめんなさい、仕事中にはしゃぎすぎました」
「違うんだ」

 

全部、君を思って君を見ていたのを、全て仕事のせいにした。

 

全てオレの言葉を信じた君は、仕事を忘れた自分を責めた。

 

「女優たるもの、一日の仕事が終わるまでは、休憩中も気を抜いてはいけませんよね」
「いや・・・・ごめん、オレがいけなかったんだ。気を抜きすぎて、スイッチを切り替えられなかった。次一緒に撮る君が横にいたから・・・・」
「私もさっき、うっかり、敦賀さんの髪に撮影のように・・・恋人に触れるように触ってしまいました。切り替えられなかったみたいで。敦賀さんとは今回に限らず一緒に沢山お仕事を、させてもらって、つい先輩に対して・・・境界線が緩みすぎているみたいで・・・・ごめんなさい」

 

彼女は、ぺろり、と舌を出して、照れ隠しに頬を指でさすった。

 

『恋人に触れるように』

 

彼女の、恋人への指先はとても優しかった。

 

どうして、どうして誰も好きにならないんだろうね。
こんなに、恋人を思った指先は優しいのにね。
その手があれば、どんな恋だって可能なのにね。

 

「いいよ、そんな形式上のものなんて・・・」
「それはダメです。きっちりしておかないと。本来ならこんな事務所ごとに休憩部屋が区切られたとしても、私はまずは敦賀さんにお茶をお出しして、立って待機しているか、部屋を出なければなりません・・・・つい、敦賀さんだと、役柄とか今までのお仕事柄、許されているような気がしてしまって。すみません・・・」

申し訳なさそうな顔をした彼女の顔をじっと見つめる。
目が合う。じっと見つめている。
オレは、いや、と言いながら、首を振った。

 

――なんでこんなに、オレを信じていてくれるんだろうね

 

君にオレの何もかもが許されているような気がしてしまう。
オレも同じだよって言ったら、君は何て言うのだろう。

 

「あやまる事なんて無い。オレが自分の中で台詞をさらってしまったのがいけなかったんだ、そもそも。君が悪いわけじゃない」

彼女は少しはにかんで、少しの間横で彼女は足をぶらぶらさせて、時計を見た。

 

「もうすぐ社さん来ますね!」

 

また無邪気で・・・澄み切った笑顔をそばでオレに向けた。

 

いつものように、思わず目を奪われて、じっと見つめてしまう。

 

その何気ない会話の端々に向けられる混じりけの無い感情に、どれだけ救われてきたのだろう。

 

なのに、自分には、今、仕事以外、君に何も返せない。

 

それでしか、繋がらない。繋がれない。

 

目の前はベッド。心から信じてくれているだろう無防備な彼女。くらくらする。

 

思わず、手元のシーツを、強く、握った。

 

しばらくしたあと、ドアのノック音がして、社さんが入ってきた。

 

「お待たせ。二人とも、次、そろそろだよ」

 

勢いよく彼女は立って、入り口に向かって歩いていく。

オレも伸びをして、立った。

 

社さんが、手荷物持つよ、と言ったから、渡している間に、風のように先に走っていった彼女が、ふと立ち止まって、

 

「敦賀さん、社さんっ」

 

少し先でまた何かを見つけて、楽しそうに振り返り、手を振る。

 

いつも、ただただそっと寄り添ってくれる君に、一体何を返せるのだろう?

 

「最上さん、何か欲しいもの、無い?」

 

とたずねると、

 

「あります!敦賀さんのような、えーとあの」
「オレのような何?」
「内緒ですっ。勝手に真似しますので、その許可だけ欲しいです」
「・・・・いいよって言ったら、どうなるの?」
「内緒です〜」
「じゃ、ダメ」
「え〜〜〜〜!!いいって言ってください。欲しいです、許可」
「内容が分からないのにオーケー出せるわけ無いだろう?」
「そうですけど〜・・・・」
「くすくす・・・・冗談だよ。お好きにどうぞ。オレの何を真似するのか知らないけど」
「やったー。次の撮影で真似してみます」
「そうなんだ?何だろうね。楽しみにしておくよ」

 

後ろで聞いていた社さんが、そっと彼女に言う。

 

「キョーコちゃん、キョーコちゃん、もっと欲しい「物」を言ってみたら?蓮ならさ、きっと、車が欲しいって言ったって、キョーコちゃんになら買ってくれるよきっと!」
「え〜〜!!すごいですね、敦賀さん・・・一介の後輩に・・・さすがです・・・・」

 

思わず笑ってしまって、「どうぞ?」と冗談を冗談で返したら、目をまん丸にしてオレを見ていた。

 

何気ない今が、とても愛しく思えて、ただただ、信じてくれる事を喜ばしく思った。

 

「また今日の最後のひと仕事、がんばろう」
「そうですね」

 

にこっと彼女が心からの笑みをオレに向けた。

 

オレが今彼女ために出来る事は、一緒に仕事をすること。
そして、信じてくれる気持ちにこたえること。
それだけ。

 

でもその、まるで昔のような無垢な笑顔を、オレがそばで守れるなら、今はそれでもいいと、思った。

 

 

 

 

 

 

 

 









2014.8.29