Juice





キョーコは念願の限定色ネイル瓶を前に、ご機嫌だった。


「蓮、コレね、春の限定色なの!」
「へぇ」


淡く柔らかいオパールグリーン。貸して、と言って、蓮がそのボトルを手にする。開けてハケで量を調節すると、キョーコに手を差し出すように言った。塗ってくれるの?と、嬉々としたキョーコの指に、その色をのばしていく。


「綺麗な指だね」


全ての指に塗り終わり、蓮がボトルに蓋を閉めると、キョーコは嬉しそうに言った。


「ありがと」
「どういたしまして」


しばらく乾かす為に、キョーコが手を振ったり吹いたりしている間に、蓮はソファから立ち上がる。部屋から出て行き、オレンジジュースをグラスに入れて持ってきた。


「どうぞ、お姫様」


キョーコは嬉しそうにそのグラスを手にとって、あえて妙に優雅な仕草でそれを口にした。姫気分、そんなキョーコを、蓮も微笑ましく眺めている。


「足の指にも塗る?塗ってあげるよ」
「ううん。いいの、手だけで。だって、ネイルって、あっという間に無くなっちゃうのよ!ネイルのボトルってどうしてこんなに小さいのかしら!今年の春はコレを使おうと思っているのに、もう無くなっちゃったら、もったいないもの!足には別の色を塗るから・・・」
「そういうものなの?」
「うん、大事に、使う」


どうせお姫様気分を味わうなら心から味わって貰おうと思って、蓮は足の指にも塗ろうと思ったのだが、それは敢え無く断られた。キョーコが自分に足を差し出すという行為が、何とも甘い行為に思えた。


「残念」
「何が?」
「いや、塗った後しばらく動けないだろう?足の甲に口付けて、君を誘うチャンスだったのにな、って思っただけ」
「もうっ!」


少し意図を理解したキョーコは照れて赤くなった。仕方ないと言って蓮はキョーコの手の甲を取って口付ける。
「姫、わたくしに、ご褒美を」


にっこり、と笑った蓮に、キョーコはどきりとして、その表情をこわばらせた。


「な、何がいい・・・?」


一体どんな褒美がいいと言うのか。じり、じり、と蓮がキョーコの上にのしかかる。キョーコがソファの隅に引けば、蓮は、斜めになり零れそうになっているジュースのグラスを取り上げて、ガラステーブルの上に置いた。


蓮は別に言葉にせずともいい。ごく傍まで顔を近づけると、一度、唇を合わせて、食んだ。照れたキョーコの表情が、目の前にある。


「可愛い」
「ご、ご褒美・・・もう、いい?」
「いや・・・?」
「な、何かして貰うのにご褒美制って、何もお願いできなくなっちゃうじゃない・・・」
「いいよ、お願いいっぱいして。何でも叶えてあげるから」
「・・・・・・」


面白そうに蓮は笑う。悪巧みをする子供のようだ。何を言っても蓮はいつも「いいよ」で終わってしまう。


キョーコの頬を撫で、愛しそうに触れ、何かを言い返そうとするキョーコの唇に、自分の唇で優しく触れる。そんな行為ですらドキドキさせられてしまうのに、一体いつになったら対等になれるというのか。蓮は心の底からキョーコを愛しているといった風な表情をして、キョーコを見つめ、微笑んでいる。


「・・・蓮、何で、どうして、こんなに、私が好きなの?他にも、沢山、色んな人に、会うでしょう?綺麗な人、いっぱい、いる、のに・・・」


最後の言葉を口にするまでに、蓮は何度かキョーコの唇に口付けている。


「それは酷い言葉だろう?「好きでいて欲しい」のに、どうして、なんて。じゃあ、どうして君はそんなにオレが好きなの?って聞いたら答えられる?実は好きじゃないとか?」


水掛け論。好きだとかの感覚的な量をうまく言葉にするのは非常に難しい。ただ、無条件に愛されているのがたまに怖くなって、確かめてみたくたくなるだけだ。一体どういう理由で、日本随一の抱かれたい男に、自分はこんなにも抱かれ、甘やかされているのか・・・。


「すき」


キョーコは一言、囁いた。好きか好きじゃないかなどと問われて、答えられるのはたった一言しかない。蓮はにっこり笑い、キョーコにそっと口付けた。その後、その唇をひとさし指で撫でながら、


「ねぇ・・・オレの身体は一つしかない。君の身体も一つしかない。自分が所有できる最小単位は自分の身体で、君が限定の春色のネイルに喜ぶように、たった一つしかない君を大事にするのは、当然だろう?・・・もしくはそこのジュースでもいい。一生にたった一杯しか飲めないジュースがあって、それしか一生のうちに飲めない。大事に飲むのは当然・・・」


「でも・・・どんな人でも、たった一つの・・・身体しか持ってないから・・・それは、私を無条件に愛してくれるという答えには、なってないような気がします。・・・それに蓮ならいっぱい、他のジュース、今までに、飲んできたと思いますし、わ、私のを味見して、飲んでみて、飽きたら、他のジュースに、移る、かも、しれないのに・・・」


「・・・悪かったよ、ネイルやジュースと人を同列に引き合いに出して・・・」


キョーコがやや拗ねたのを、蓮はまたしょうがないなあというような顔で見て、その頭を腕に抱え入れた。


「一言付け加えておくと、今まで口にした他のジュースは、薬みたいな苦い味しかしなかったけどね」


蓮はキョーコに額をくっつけ、可笑しそうに笑った。その言葉が本当かどうかは謎だったが、少なくとも蓮のキョーコの可愛がりぶりからして、半分位は自分でも信じる事が出来る。その異常なる可愛がりぶりが、皮肉にも不安になる元でもあるのだけれど。


「わ、私は、甘いジュースなんて毒だと要らないと言ってきたし、飲んだことも無かったから・・・」


キョーコは、「だから蓮のは甘すぎて、どうしたらいいのか分からない」と、蓮の耳の奥に囁いた。真っ赤になりながら。


「君のは・・・一滴ですごく甘いから、一生のみ尽くす事は無いような気がするけど。それに・・・君の味が、今までで一番好きなんだから、仕方ない。それを我慢しろとか、飲むなとか、言われても、ね」


蓮は、「ちょうだい」と言って、キョーコの唇を舌先でつついた。蓮はようやくキョーコの身体の上にしっかりと覆いかぶさる。柔らかく息を吐き出しながら少しだけ開いたキョーコの唇が、蓮を受け入れる。にっこり、と笑う蓮は、ゆっくりと甘く、本気で口付けた。


「・・・君は、愛せば愛すほど、物凄く甘く、なる・・・」


しばらくキョーコの唇を楽しみ続けた。柔らかにほぐれた唇や舌先。そしてほぐれたキョーコの心が自分に近づいているのが分かっているから、蓮は強い甘ったるさを、その身体に覚えた。
蓮がキョーコの肌に触れると、びくり、と、震える。舌先に伝わる。目をうっすらと閉じ、恥じらいながら蓮を全て受け入れている。


「れん・・・」
「なに・・・?」
「おねがい・・・」
「なんでも、叶えましょう?オレの姫・・・」
「・・・ベッドにいきたい・・・」
「・・・了解・・・」
「・・・私なら、好きに飲んでいいから・・・飽きたら、言って・・・私は、一生に一回、蓮のだけ・・・蓮のしか、いらない・・・」
「・・・うん・・・」


蓮は、それは大事そうにキョーコを抱えた。
一生にたった一つでいい、甘い甘い、大事な。


「オレの熱や渇きを癒やして潤してくれるのは、君以外にいないんだって、君が迷ったり確かめたくなったら、何度でも、教えてあげるよ・・・」
「・・・うん・・・」


蓮は、キョーコの淡いオパールグリーンの指先に口付け、キョーコを腕に姫抱きにして、立ち上がる。首に腕を回しているキョーコは、蓮の与えた熱に酔った様に、蓮の首筋に、愛しげに優しく何度も唇を寄せた。「すき」と囁きながら。


たどり着いたベッドで、蓮がキョーコの足の甲に、口づけた。何も彩られていない無防備でヌーディな指先、それを唇で辿り、着いた先には、何よりも甘い甘い、蜜。

そうして二人は、一生のうち二度と戻る事がないその日の時間を、甘く甘く、過ごす事に、した。







2009.1.25

これはイベント用無料配布本「Love Including Book Vol.4.5」に、書き下ろしたものです。イベントに来られなかった方のために、期間限定公開してみました。