裸足の女神





「おーい、蓮!!!蓮!!!」
「?」
「こっちこっち。」



呼ばれた声に気づいて、蓮が振り返る。振り返って見つけた声の主は、白黒ツートンという相変わらず不思議なシャツを着ている堪だった。堪に穏やかに挨拶をした蓮は、「一体どうしたんです?」と、呼ばれた理由を聞いた。


「折り入って蓮に相談があるんだよね。良かったらお茶でもどう?」
「え?えぇ、いいですけど…。社さん、この後何時まで抜けてOKです?」
「1時間ぐらいならいけるよ。ただし食事が車の中になるけど・・・・。」
「あぁ、じゃあ食事はいつものを買っておいてもらえれば。1時間後にオレの車の前にいて下さい。」
「了解。おにぎりはシャケね。ちゃんとオカズも買わないと怒られるんだよな…あの子に…。」
「はは。何でもいいですよ、お任せします。」
「オレは自分のデスクに行ってるから、早く終わったら呼んでよね。」
「分かりました。」



堪は蓮を伴い、LMEの社員が使うカフェに足を踏み入れた。蓮の姿に目を輝かせているアルバイトの女性に、「蓮だから」とだけ言った。暗に「目立ちたくないんだ」という含みを持たせた印籠のような理由を突きつけると、その女性店員は「畏まりました」とだけ言って、『分かってますから』と言わんばかりの営業スマイルを蓮に向かって見せた。そして一番奥の背の高いグリーンの陰に隠れた、いわゆる「密談席」に案内した。そのカフェには「芸能人」と「担当」が沢山いて、スケジュールの打ち合わせをしている。堪も蓮も、顔見知りには一通り頭を下げて挨拶をした。



「どうしたんです、こんな席を使うなんて。」
「あのさあ〜・・・・。」



言葉を濁した堪の手元には沢山の資料が握られている。それに気づいた蓮は、「それですか?」と先に声をかけた。



「あぁそうなんだよね。どうしようか迷っているんだけど。」
「何を、ですか?」
「最上さんの事でね。」
「はい。」
「その・・・・黒泉社からね、週間ヤングマニュアルの中のカラーフォトの依頼が来ていてさあ。あの子グラビアなんてやった事ないだろう?」
「何です?週間ヤングマニュアルって・・・?」
「蓮ぐらいの年齢の男が読む漫画の雑誌だよ。」
「へえ?」
「見る?」




渡された雑誌の正面には、今の流行りらしい女の子が透き通った海を背に水着姿で載っている。想像していたものと違って少々面食らった蓮は、中を開けてさらに目を側めて眉根を寄せた。その女の子のプロフィールと共にスリーサイズや今の仕事の内容、そして、男向けの微妙な角度の写真とコメントが数ページに渡り、載っている。いわゆる「アイドル写真集」を切り取ったようなものだと、ようやく理解した。



「これを、最上さんが?」
「そうなんだよねぇ〜・・・。ほら、最近アイドル業界も可愛いだけとか身体のラインだけとかじゃあダメでね。代わり映えしないだろ?何か特徴が無いと売れないし・・・・それなら、そこそこ別のジャンルで名の売れた子を使って「ギャップ」を狙ってみようって企画になったらしい。それで最上さんに白羽の矢が立ったって訳。あの子、不破君のプロモでも相当「ギャップ」があっただろ?それに最近のアンケート結果では「いつも役とのギャップがあるけど本当は可愛い子」「オレだけは知ってる」っていうどこか自慢めいた感想が来るらしくてね。密かに蓮以上の年代の男達に圧倒的に人気があるらしい。それにドラマ製作の宣伝担当も兼ねるからね。あぁ・・・・もう少し下の年代向けの雑誌だったらココまで悩まないんだけどさあ・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「せっかく向こうから指名してくれたからには、こんな機会二度と無いかもしれないし受けてほしい訳。けどさ、あの子・・・・だし・・・・・どう切り出そうか迷っちゃってさあ。それにコレでアンケート結果が良かったら次回も、それから写真集もとかいう、随分とありがたい話でね。黒泉社が乗り気らしい。」
「・・・・・・・。」



蓮も、相談されても、と内心思う。キョーコが断ってくれれば、とも思うが、それは蓮の本音であって、敦賀蓮としては、「将来を考えても受けるべきだ」、という事になる。けれど、この際どい角度を彼女が本当に撮るのか…という一点において、蓮はどうしても首を縦にも横にも振れなかった。



「担当カメラマンも未緒と不破君のプロモのギャップを見て非常に乗り気らしい。」
「そう、ですか・・・・。」
「どう思う?」
「どうって言われても・・・・。」
「・・・・・な?悩むだろう?あの子だし。」



多分堪と悩んでいる論点が違うのだろう、と蓮は思う。蓮は単なる個人的な意見だけで口を開かないだけで、堪は、彼女の性格において首を縦に振ってくれるかどうかにだけ悩んでいるのだ。


そして、外から蓮の姿を見つけたキョーコが近づいたのを、堪も蓮も気づかなかった。

「敦賀さんっ、こんにちは。」
「あ・・・・あぁ、こんにちは。」
「・・・・・・・・・・・わ、わっぁぁぁあぁ!!!!!!」
「なっ・・・・あれ?堪さん・・・こんにちは。」
「・・・・もう、いつも君は脅かしてくれるな。」
「す、すみません・・・。お話中に・・・敦賀さんお一人かと思ったんです。」


少しすまなそうに堪と蓮にもう一度頭を下げて去ろうとしたキョーコに、「あのさあ」と言って堪は呼び止めた。

「はい?」
「そこ、座って。」
「はい。」


異常なる虚脱感に襲われている堪を哀れに思いながら、蓮は、キョーコが断ってくれることを願って、黙って傍にいた。

「コレ。」
「はい?」


蓮にした説明とほぼ同じ説明を、―水着になる事と、男性誌だという事の念を押しに押して―、した。


「あの・・・・堪さんから見て、コレは受けたほうがいいと思いますか?」
「そりゃそうだよ。もう二度と・・・いっ、いや、いつこんな仕事が来るか分からないし。それに、まずは異性を惹きつけてこその女優だろ?女優だって名前を覚えて見てもらわないことには成り立たないし。」
「異性・・・。」

キョーコの表情が一変する。蓮も、願った反応をしたキョーコを見て、少し安心する。そのまま断ってしまえばいいのに、とも思った。

「じゃあ・・・異性の敦賀さんから見て、どう思いますか?」
「・・・・・・・・え・・・・・・。」

異性の敦賀蓮は完全に「No」と言っているが、仕事としては完全に受けたほうがいいに決まっている。

「君が、仕事として誇りをもってしっかりやり通せるのなら・・・・「やったほうがいい」と言うし、単に「自分の身体を男の目に晒すのなんてイヤ」と思うのなら、やめた方がいい・・・・。」

結局、曖昧な返事しかする事ができなかった。

「・・・・・・分かりました。やります。」
「「え・・・・?」」

まさか「Yes」の反応があるとは思わなくて、堪も蓮も同時に一文字の声を発した。

「最上さん、本当にやってくれるの?」
「・・・・・はい。将来の自分のためなら。その代わり・・・・私は水着アイドルでは無いので・・・・その・・・あの・・・・こういうのは・・・・・。」
「分かった、分かった。もちろん、女優の清楚なイメージを残す事っていうのは契約時にしっかり交わしておくから!いやあ、よかったよかった。」


肩の荷が下りた、とばかりに堪は満面の笑みで手元のティーカップを飲み干した。

密談席を後にした蓮とキョーコは、社の待つ蓮の車へと向かった。蓮の機嫌はそう良いとは言えない。キョーコは何故だろう?と思いながらも、口数の少ないナーバスな蓮は、慣れてしまっているからか気にしないことにした。

「勇断だね。」
「え・・・・・?」
「グラビアってやつ?」
「・・・・・敦賀さんが私なら、きっと「受ける」と言うと思って・・・・。」
「どうして?」
「チャレンジ、チャレンジ・・・・っていつも新しい事に意欲的に取り組んでいますし・・・・。それにギャップ特集だから、そのままの私でもいいって堪さん言ってましたし・・・・。ホラ、私、いつも「役」のイメージで見られる事も多いですからっ・・・・。水着は、誰も期待なんてしていないですし、その、オマケみたいなものですよね?」
「・・・・・・・・・・。」


――「京子」に水着姿、を普段期待していないからこそ、驚いて、目を引く。


ギャップ特集としては確かに正しい判断だろう。だから余計に蓮は腹が立っていた。決断をするのは本人だし、自分が本音で口を挟める立場でもない。その肌を別に世の男性の皆に見せなくてもいいのに、そして、「オレだけが知っている」彼女の素の表情の魅力を、更に世に知らしめる必要もまた、いらないと思い、そして、そんな自分の気持ちだけで、彼女の仕事への判断を鈍らせてしまう目が曇る自分に、奥歯がきり、と鈍く唸った。


「キョーコちゃん!」
「社さん、こんにちはっ。」
「蓮、あのさ。」
「なんです?」


社も、どこか触れたら切れそうな蓮のぴりっとしたナーバスな雰囲気を読み取ったのか、「一体何の話だったの?」とは切り出せなかった。なのに、キョーコの方から「雑誌で写真のお話をもらいました。」と切り出した。

「へ、へぇ・・・・新しいお仕事、良かったね。」


キョーコは無言の蓮に代わって一人車内を盛り上げるべく、堪と蓮とした話の内容の一部始終を社に話した。蓮の不機嫌の理由はコレか、と、蓮を哀れに思った社は苦笑いを浮かべるしかできなかった。



*****



「おーい、蓮。蓮。蓮。」
「?」
「こっちこっち。」


いつぞやとまったく同じ場所で呼ばれた声に気づいて、蓮が振り返る。呼んだ相手はすぐに分かった。「どうしたんです?」と、同じように呼ばれた理由を聞いた。


「お茶、しない?」
「ええ。」
「蓮、一時間だよ。いつものようにね。」
「はい。」


なぜかいつの間にか慣れてしまった会話。社はすぐに「密談」だと気づいてさっさと背を向けた。いつものカフェでいつものアルバイトの女性が、もう何も言わずに満面の笑みで「密談席」に案内した。


「はい。」


満面の笑みで手渡された大きな茶封筒に、蓮は怪訝な顔をして堪を見つめた。

「何が入っているんです?新しいオレの仕事ですか?」
「違うよ〜。前に蓮に相談した結果。いやあ〜・・・・想像以上の「ギャップ」にねえ、読者アンケートで本誌を抑えて一位取ったらしいよ。「ギャップ最高」って。次回も決定したらしいし、オレも鼻が高くてさあ。まあ、見てみてよ。」


蓮は恐る恐る封筒からその雑誌を取り出す。水着だと思っていた表紙は意に反して、真っ白でシンプルなロングのワンピースだった。蓮は少しだけほっとして、表紙をめくる。



『ギャップ特集第一弾は新鋭の女優、素顔を見せたミューズ・京子ちゃん。』


そんなタイトルが振られた一ページ目。薄いワンピースを着た京子が、一面に広がる浜辺で、照れた優しい笑顔でひざを抱えて真っ白な椅子に座っている写真が目に飛び込んだ。



一瞬我を忘れて、じ・・・・、とその一ページ目を見つめていた自分に気づいた蓮は、無表情のまま我に返って、――内心とてつもなく動揺しているのに・・・――まるで何事も無かったかのように装い、口を開いた。


「へぇ・・・・確かに「意外」ですね。」
「だろ?だろ???普通に可愛いよなあ〜・・・・と思ったよ。そんなアンケートコメントが圧倒的だったらしい。「意外」っていうので目を引いたんだろう。」


ぺらり、ともう一枚めくると、彼女の今のドラマの宣伝と共に、白いワンピースではなく、肌の露出こそ少ないが、ワンピース型の白い水着を着た京子が背を向けて見返り気味に写っているのを見て、蓮は視界が歪み薄く目を閉じた。


『に、似合いますか?』、そんな本気で照れた表情とコメントが載っていて、蓮は、思わず無表情すら続けることが困難になって、雑誌を閉じた。



「いやあ・・・・彼女の、女の子らしい清楚さと表情のギャップもまた意外だったねえ・・・・。ほら、オレ・・・あの子とLME入りたて時代から知っているだろう?オーディションも見ているし・・・・入れろとオレを口説き落とした彼女も知っているしさ・・・。いやあ、『意外性』っていうのがコレだけ嵌るとは思わなかったよ。」
「・・・・・・・・・。」
「どう?蓮から見て。まあお前は沢山もっと綺麗な女優と競演しているからな、普通か。」

堪は自分が感じた京子の意外性を、蓮の中には自分と同じ以上には無いと踏んだのか照れ隠しなのか、「ははっ」と空笑いをして、頭をかいた。


返答に困った蓮は仕方なく、もう一度意を決してもう一ページをめくると、白いワンピースを着たキョーコの写真で、また少し「ほっとした」。それは、単なる男としての自分の感情以外の何ものでもなかったが・・・・。


裸足で海の波打ち際と戯れるキョーコや、トロピカルジュースを飲むキョーコ、台本を読むキョーコ、そして濡れ髪で白砂をほほに付け、夕日の中少し憂いた表情をするキョーコに、蓮は完全に目を奪われた。



「彼女を撮ったのは女の写真家だよ。だからこんなに素の表情が出来たと言っていたみたいだね。彼女を撮ってもらうのに今後もこの写真家を頼みたいよ。」
「へぇ・・・・。」

ゆっくりと最後のページを捲ると、

『「今でもシンデレラが大好きで」と、まるで少女のような純粋さを見せながら、激しい役を演じ切る女優界のミューズ京子ちゃんの今後に乞うご期待!』


そんなコメント共に、キョーコが降り注ぐ太陽に向かって、手を翳している写真が写っていた。例の、とある思い出を語るときのキューテイな笑顔と共に、蓮は、彼女の指の中に彼女の大切にしているモノが写りこんでいることに気づいた。


撮影場所は天国に一番近い島、空と海が重なる地であり太陽が綺麗な島、「コーンがきっと近くにいる!!」と目を輝かせていたに違いないと、キョーコのその表情と仕草に、蓮はまた我を忘れた。そしてその透き通った石を、彼女の背中を、しばらくの間無言でじっと眺めていた。


「意外、だよなあ・・・・本っ当に・・・・・。」
「・・・・・・・・・っ・・・・。」

蓮がじっと眺めているのに気づいて、堪も少しだけ「オレだけじゃない」と思えてほっとしたのか、しみじみとそう口にした。


「蓮がそれだけ見るならそれなりに成功だったんだろう。あ、そうそう。チェックのために写真沢山届いてたから・・・今度それも見せようか?蓮のおかげで最上さん仕事引き受けたようなもんだからさあ。載ってない写真でいいのが結構あったんだよ。でさ、今度最上さんとも予定合わせてそれ一緒に見ようよ、記念にって。最上さん、天国に一番近い島に連れていって貰えて本当に嬉しかったって、それは喜んでいたから。」



――彼女の写真なんて一緒に見られるわけが無い・・・・・。



そう思ったものの口に出来ず、苦笑いを浮かべるしか蓮には方法が無かった。そして、渡された雑誌を鞄にしまうのがどうしても躊躇われて仕方が無かった。処分することなどこの先出来ない事が分かっている上、持って帰ったら見てしまうだろう事は容易に想像できた。


際どい角度の写真などは無い。そう、あの石と彼女の背中が写るこの写真が欲しい、そう、それだけだ・・・・と、激しく動揺する自分の心を一生懸命静める蓮の無駄な努力は、その晩一向に収まる気配が無かった。












2007.02.22



きょこたん清楚写真集・・・・見たらきっと鼻血吹きます、確実に(笑)。