「オレの本気のキス・・・いつかしたくなる時まで預かっておいて・・・。」
「・・・?」
「はは・・・・そうだろうね、いいんだよ、今は・・・・。」


1年前にそう言った彼は、よくブラウン管やフィルム上でキスをする。
コレのどこが本気ではないのかしら?と彼女が赤面する事この上ない彼のシーン。そして、彼女がとても切なく、苦しくなるシーン・・・・・。









Deep Kiss








蓮が、キョーコを抱え込んで…覆い被さっている。


「リップ・・・・」

「え?」

「塗ってあげようか・・・?」

「・・・い、いいっ・・・」

「いいから・・・・・・。」



す・・・・と蓮の人さし指の腹が、「黙って」とばかりに、断るキョーコの唇を這った。

ふに、と少しだけ唇がその指を優しく押し返す。すべすべした柔らかな感触・・・。


「普段・・・口紅、塗らないの・・・。」
「出来るだけノーメイクで・・・って・・・・・あ・・・・。」


喉が枯れて、声がうまく出ない。
夜の帝王になってしまった蓮に、敵う者など、いない。
すりすりすり・・・と再び置いたままの指が、唇の上で動く。


力が抜けるようにして開かれたキョーコの手から、リップを取る。くるくる・・・と少しリップの先を回して出し自分の手の甲に塗る。指先にその真紅を滑らせ、そのままそっと柔らかな彼女の唇を押し開いた。


少しだけ開かれた彼女の唇に、ゆるやかに指の腹で真紅の口紅を伸ばしていく。



「せっかく塗ってあげたけど・・・・この紅い色・・・・キスして、剥がしてみようか・・・・・」



に・・・と笑った蓮の引き締まった唇と、にわかに震えるキョーコの真紅の唇が、重なりかける・・・・・・・・・。



深く口付ける口元だけが、写っていた。





*************











LMEのフロントの一角の壁に、重なりかけた唇のアップのポスターが貼られている。


真紅のベルベッドの布地をバックに、蓮の鋭い無機質な視線と、キョーコの危うげな眼差しに、少しだけ蓮の指に開かれた口元。蓮の唇には、キョーコの唇と同じ色がうっすらとうつっている。


今年の秋のリップの新色のポスター。「Kiss off her love.」・・・・ポスターの右下に、細字の金糸文字でそう書かれている。『愛をキスで拭って。』。落ちない口紅、けれど一定の温度以上になると落ちやすくなるというのが特徴で、洗顔時とキスする時に落ちるというキャッチフレーズに、実際に試してみたという女性の話題は後を絶たない。


「キョーコちゃん、キョーコちゃんっ!!!可愛いねっ、このポスター!!!」

社が嬉しそうにキョーコに話しかける。

「いえ、あの・・・・・・。」
「あのリップ、キョーコちゃんの着けている色が、今年の秋の新作の中で・・・・一番人気だってね〜♪」
「へぇ・・・。」
「そっけないなあ・・・CMだってすごい反響なのに。ねぇ?蓮??」
「そうですね・・・・。」
「じゃ、オレはココでね。キョーコちゃん、もう外も暗くなるのが早いし危ないから蓮に送ってもらって。オレはまだ仕事があるから。じゃあね〜。」


フロントの女性スタッフは、「どうされましたか?」とばかりに、残った二人ににこりと微笑みかけた。


「帰ろうか、最上さん・・・。」
「は、はいっ。」


車に乗り込むも、無言の時間が続く。CMの撮影後二人は今日初めて久しぶりに会う。あのCMとポスターの写真撮影後、キョーコが溶けに溶けて、使い物にならなかったのは、蓮が私情を交えた上本音と本気で演じていたからだろう。誰も敵うはずがない。

けれど実際彼らはキスをしていない。唇の高さをあわせて、傍で頬を窄ませ口を動かしあう・・・・。角度によっては本当にキスしているように見える。実際CMで蓮とキョーコは、映画のワンシーンのように深くキスをしあっているように見える。


「・・・・・・・・・キス。」
「はっ・・・・はいっ・・・・!!!」


変な所から声が出た。


「くすくす・・・。本当に、君の最初は誰になるんだろうね。」
「え・・・・?」
「・・・・・・・オレが教えてあげる前に・・・・早くするんだね。」
「・・・・っ・・・。」

「互いの」胸の奥が、ちくり、と痛んだ。それと同時にキョーコはCM撮影時、キスシーンを何度も練習しあったのを思い出した。蓮の角度にあわせて、至近距離で見つめあい、唇を動かすタイミングを合わせていく。横で見ている者には滑稽な風景かもしれないが、キョーコにとってはそれであっても恥かしい。本番のスタートコールがかかってしまえば、蓮を恋人だとでも思いながら演じる事ができる。しかしリハではそうも行かない。横から監督の声が飛び、蓮のアドバイスが入り、沢山の人間の声がした。よってほのかに頬を薄く赤らめては照れてしまうキョーコに、どうしようもなく抱きしめて口付けたいと・・・・そんな強い衝動を隠しながら演じた蓮の胸の内など知る由も無く、今もその時を思い出して蓮を前に真っ赤になって見上げる姿に、蓮も無表情になる。


いつもの場所で「さぁ、着いた」と言って、静かに車を止めた。

「あの・・・。私の、最初のキス・・・は・・・やっぱり、映画に、なりそうです。」
「え?」
「次の、映画。大嫌いな男に無理やり奪われる設定です。別に最後その彼とくっつくとかそういう設定ではないんです。本当に・・・私の運命らしい・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・」

少しだけ悲しそうな、でも「仕事ですから」、と言ったキョーコの唇と肩は、言葉とは裏腹にやはり少しだけ震えていて、蓮の理性を軽く鈍らせ、本能に走らせるには最適だっただろう。

手を取るとすぐに、ちう、とキョーコの指先に口付けた。
その指をそのまま・・・・キョーコの唇に、押し付けた。

「あ・・・の・・・・。」
「唇、にして欲しかった?」
「ち、ちが・・・あの・・・。」
「オレも「仕事で」これからも沢山の女の子とキスはするだろうね。」

くすり、と笑った蓮の帝王具合に、更に動けなくなってしまったキョーコを、蓮はぱっと手を開いて開放した。

「くすくす・・・冗談だよ。…無理やりされるって聞いて…きっと、心を痛めているんじゃないかなって思ってね。好きな男にはどうせ・・・告白してないんだろう?だから・・・しっかり仕事できるおまじないをしてあげただけだよ。」
「あ・・・・。」
「だけど・・・・・。」
「あ・・・あの・・・・。」

キョーコは限りなく胸が痛んで、何を言っていいのかわからない。「すき」、と言いかけた矢先、蓮が先に口を開いた。


「仕事で・・・するのと、本気でするのは、違うよ?覚えておいて。君が本当に本気でキスをする時に分かると思うけどね・・・。」
「敦賀さん、沢山の女優さんとキスをするときは…あの…その…。」

「・・・・・・んー・・・・演技だから・・・・仕事の一つ、いい作品になるならそれなりに見せるけどね。今はオレのイメージが先行しているからそんなに深くしなきゃいけない事は無いけど・・・・将来的に来ないとも限らないね。それは君もだろう?」

「・・・今度の映画は相手の人に合わせてれば・・・いいんでしょうか。」
「・・・・・・相手は、誰?」
「xxxxxさんです・・・・。」
「・・・・・・・そう。」
「・・・・何か・・・?」
「いや。君の、仕事でもプライベートでも一番最初が彼なのかと思うとね。」
「・・・・・敦賀さんにだって、一番最初はあったでしょう?」
「・・・・・・・・そうだね。」
「・・・・・・私が・・・キスだけ先にしてしまうなんて・・・皮肉です。」
「そんなにイヤなら、君が今一番して欲しい人に先にしてもらえばいいじゃないか。」
「じゃあ、敦賀さんがいいって言ったら、そういう敦賀さんはしてしまうんですか?こうして悩む女優さんがいたら・・・・私じゃなくても・・・・・・。」

試すように冗談めかして言ったにも拘らず、蓮はごく真面目に答えた。

「君なら・・・いいよ。」
「くすくす、ウソですよ。敦賀さん、それは売り言葉に買い言葉です。」
「いいって、言ってるだろう・・・?君の一番最初になれるなら。それをオレにくれると、君が選んだなら。」
「ふふ。敦賀さん、優しいから。敦賀さんの「本気」のキス、やっぱり私には預かれないです。預かったまま、返したくなくなるから・・・・・。」
「ねぇそれってどういう意味?くすくす・・・・・キス、する?」
「・・・・・・変な会話・・・・。」
「黙って。」


すっと手をキョーコの首筋に這わす。ゆっくりと蓮の顔が近づき、キョーコはぎゅっと目を瞑った。ちう・・・とキョーコの鼻の先にほんの少し触れるか触れないかのキスした蓮は、しばらくしてそろっと目をあけた彼女に、「どきどきした?」と言った。


「・・・・・?」
「自ら選んだキス・・・少しは違うだろ?それとも無理やりされる感じが掴めたかな・・・。」
「・・・・・・・・。」
「そんな感じを思い出すでもして、演じればいい。きっと仕事もうまくいくよ。」
「え・・・・?」


私の仕事のためを思って、そんな会話をしたの?・・・・とは言えなかった。仕事一筋の蓮なら、当たり前の事・・・・。


「ごめんなさいっ・・・。」
「何が?」
「キス・・・されると思って・・・・。」
「本当にしていいの・・・・?あのCMのように、してあげようか・・・・?」

すりすり・・・と唇を撫でて、ふに・・・と唇を押す。

「本当に・・・リップつけていないんだね・・・・・・。」
「敦賀さんっ・・・・」
「・・・・・・・じゃあ君に預けたオレの本気のキス、返して・・・・。」


ちう、と一度軽く口付けたが最後、二人はスイッチが入ったように・・・貪りあう様にキスを繰り返した。息も唇も奥に潜む舌も何もかもを絡めとり、互いに「すき」だと繰り返しながら・・・・。


「すき・・・。」
「ん・・・・・オレの本気のキスを本気で返してくれてありがとう・・・。」
「口実にするなんてズルイです・・・・・。」
「また君に預けておくから・・・・・・。」
「もう返しませんっ・・・。」
「ふ・・・・。ねぇ・・・貰ったリップ・・・持ってる?」
「あ、はい・・・・。」
「世の中の女の子は彼にうつしているんだろう?塗ってあげるから、オレにうつして・・・」


蓮はまるでCMと同じように不敵に笑い、照れたキョーコを翻弄する。
唇に伸びた真紅は、乾く暇も無く蓮にうつる。



もう一度、蓮の唇がキョーコのそれに触れて、開けて、と合図をする。やわらかな唇は、蓮の唇の動きに真紅に染まり、柔らかく膨れていく。



「君に落ちない口紅なんて、要らないね・・・。」



不敵に笑った蓮の唇も、キョーコと同じように真紅に染まっていた。
何度も探り合い自然と真紅に変わる唇に、確かに口紅は必要なかった。




「でも今度の映画は「絶対に落ちない」口紅にして・・・。このリップで出たら、ダメだよ・・・・?オレだけの専用にして・・・・。いいね・・・。」


















2006.10.11


キスオンリー話&CM話第二弾・・・かな。どこにでもありそうな「落ちない口紅」的ネタだけどオリジナルも入れてあるから笑っていただけると幸い・・・(^^;