誰でも「すき」になるヒト。


どうして、いつもそんなヒトを「すき」になるのだろう。
それが難しいことだと考えた事がなかった。


だから私は、「恋」が「愛」がどういうものか、また分からなくなった。



愛と憎しみのハジマリ



「誰でも好きになる」というのは、広く「ヒト」の「すき」をカバーしているというコト。



芸能人にとっては必要不可欠な、モノ。それは天が与えた才であり、本人の陰日なた無い努力の、たまモノ。私も彼をもちろん尊敬しているし、「すき」。でもその「すき」って、なに?



アイツの「すき」は、いつもそばにあった。何か、繋がっていると、感じていられる何かがあった。お互いがお互いを全て知っていて、「好き」って直接言って、触れられる腕があった。

芸能人だからとか、お世話になっていた先の同い年の子だからとか。そういうのは、一切考えた事などなかった。


「ただ、ただ、すき」。


それは、どんな「すき」?

アイツを好きだったときは、そこにいたから。そこにいたから、心もそこに在るはずだと勝手に思っていたけれど。


無かった。


だからアイツは憎いけど。


それでも、私はアイツがいなければ、この世界には居なかった。
それでも、私はアイツがいなければ、生きているのを放棄したかもしれない。


そして、アイツがいなければ、彼にも会わなかったかもしれない。


アイツは私を全て分かっていて、視線一つ、表情一つ、言葉一つで全てが成り立っていた。これを一体どんな「すき」と呼ぶの・・・・・。深すぎる「すき」は、一体、なんていうの・・・・。ただの、以心伝心で流してしまえるのだろうか。







かといって、あのヒトを「すき」な「すき」とも、違う。
じゃあ、あのヒトを「すき」なのは、どんな「すき」?



だから、また、分からない。分からないから、言葉なんていいから。ただ会いたい、ただその手が欲しい、だけ。


今の「すき」は、辛すぎて。会えない、触れられない、言葉に出来ない。いつもすれ違いばかりで、何も、繋がってない。



そんな一方的な「すき」が、一体どういうものか、分からない。



これを恋だというのなら。
これを愛だというのなら。



じゃあアイツを好きだった事実は、一体なに?どちらにしても・・・・彼らは、私が「すき」にならなくても、『どこの誰でも』『すき』になる人たち。



これを恋というの?
これを愛というの?


だから、どこの誰でも「すき」になる人は『どうにもならない人』。
だから、私はまた勘違いをしてしまっているだけって知ってる。



心だけなら、貴方のすぐそこまで追っていけるのにね。



昔みたいにイヤガラセでもしてくれればいいのに。
貴方が誰にでも向けるその微笑が、いつもの似非なら良かったのに。


どうして、その笑顔を見せるの?
どうして、そんなに優しいの?


貴方はもう誰かに「恋」をしているんでしょう・・・?
その優しい手を差し伸べたい人がいるんでしょう・・・?



そして私は、貴方が「恋」を知った事を、喜んでいたのでしょう?



私は知っているのに。



貴方を「すき」だと思えば思っただけ、その優しい手が欲しくなってしまう。そして、想った分だけ振り向いて欲しくて、見返りが欲しくて、ずっと勘違いをしていたくて・・・。


なんて、一方的で欲深な「すき」。



・・・・もう「恋」はイヤなの。「恋」なんて「期待」なんて、一方通行な事はもうしない。私は、いつでも誰にでも背を向けられる運命にあるから。




「最上さんどうしたの、こんなトコに一人で・・・。」
「敦賀さん・・・・・。」



そう思うそばから、こうして会うだけで、優しい声で名前を呼ばれるだけで、脳内はドロドロに溶かされて、いつも振り出しに戻ってしまう。



貴方が、ただ、どうしようもなく「すき」。


だから、お願い。
言わないから、背を向けないで。傍にいて。


まるで、祈りにも似た、「すき」。



「すき」と言う言葉が、どれぐらい「恋」と「愛」とをカバーしているのかなんて、私は知らない・・・・。










2005.11.8