バラの融点23


「蓮、ちょっと」


休憩に入り、新開が蓮を手招き、喧騒の無い場所まで連れた。
新開は持っていた茶のペットボトルを一口含み、キャップを閉めた。
中々話を切り出さない新開に、蓮から切り出した。

「話って何でしょう」
「あのさ・・・・」
「はい」
「物書きもするお前に聞くのもなんだけど、別れを決意した女とか別れた女ってどうして、あんなに綺麗になるんだろうって、思わない?」
「・・・・?監督のお話・・・ですか?」

少し戸惑いを覚えながら、蓮は新開に聞きなおす。

「まぁ、それも無くも無いけど、撮ってるとさ、たまに『見える』事があって、思うわけ」
「別れを決めた女の人・・・というのをあまりじっくりと見た事が無いので、よく、分かりませんけど・・・・誰か、今の共演している女の人の中にそういった方がいるんですか」


蓮は新開の意図している事が全く読み取れずにそう返事をした。


「離婚したら女のほうが強いし輝くし、別れた時は女の子の方が、切替えがはやかったりするし・・・・男の方がひきずる」
「・・・・まあ」
「女の子ってさ、普段すごいおしゃべりなのに、そういう時って全くそんな事無かったかのように何も話さないし、いつもよりも一回りも綺麗に輝いてね」
「あの・・・さっきから、何の話をされていらっしゃるのか・・・」
「だろうねえ・・・。気付かない?」
「いえ・・・どなたが監督の今おっしゃっている方なのかは分かりませんけど・・・」
「残念。分かったら楽しかったんだけど」


新開は少し肩をすぼめた。
蓮も持っている水を口に含んで言った。


「女の子の気持ち、書く方だとしても、分かるとは言いがたいです。オレの話の場合も男にとって都合がいい話、といわれても仕方が無かった。だから女の子が読んでくれたのはラッキーでしたよ」
「ははっ。言うね」
「どうしてこの本が売れたのか自分でも分かりません。映画化してもらって出られて感謝してますけど」
「大丈夫だよ、お前は、セージそのものだから」
「なら、いいんですけど」
「キョーコちゃんも随分とカエデそのものになってくれたしね」


新開は「手を出しただろう?」と続けようと思ったが、それはやめた。
蓮は視線を、遠くで小さな男の子と一緒にくつろぐキョーコに向けた。


「そうですね・・・」
「かわいいよ、あの子は本当に」
「・・・・?」
「監督としてね」


新開は軽く笑った。



*****



『Under The Rose』



ある日カエデが仕事を終え、一人暮らす部屋へ戻ると、玄関にはミカミが一人で立っていた。


「久しぶりね」
「え・・・わっ・・・お久しぶりです」

カエデは勢いよく頭を下げた。
なぜ自宅の前にミカミが立っているのか分からなかった。
セージに住所でも聞いたのだろうか。


「最近、あの庭へ来ないのね」
「・・・・・・・・」


ミカミはカエデを斜めに見下ろしながら、不機嫌そうにそう言った。
カエデはミカミを見つめるばかりで、何も言わなかった。

「セージ・・・いえ、彼、今、入院してるけど」
「えっ、何で、ですか」
「やっぱり、知らなかったのね。セージも連絡してこなかったの?」
「はい」
「それから。どうしてあの時、セージの妹ではないと言わなかったの」
「・・・・・・・あの。すみません。良かったら、部屋に入っていただけませんか。セージの家と違って広くないから、廊下、すごく声が響くので」
「もう帰るから・・・」
「あの、セージは、セージはなんで、入院なんて」
「・・・・・知らない。私と一緒にいる時にあの庭で倒れたわ。私は病院に連れて、彼の両親に連絡をとって任せてからは、その先を知らないから。昼間は手の離せない実験が続いて見舞いに行く時間も無かったし・・・彼も見舞いに来るよりも、実験が失敗することの方が、きっと、悲しいと思うから。だから。これ。セージが入院している病院」

ミカミは小さなメモをカエデの目の前に差し出した。
カエデはそれを、ありがとうございます、と言いながら受け取った。

ミカミは少しだけ黙ったあと、カエデの両肩を手で押さえ、強く揺さぶり、何かつぶやくと、思い切りカエデをひっぱたいた。
カエデは突然のことに驚いて、頬を押さえた。

「セージがっ・・・・」

ミカミは大粒の涙を流していた。
セージの事を大事にしていて、心配しているのは、カエデだけではない。
このメモを渡す事もカエデに会うことも今はしたくは無かったに違いない。

「あの・・・・・」
「・・・意気地なし。私に彼を譲ろうとしたんでしょ。でもね、私はそんな事をされても、ちっとも嬉しく無い。セージはあなただけを選んでた。・・・・せっかく大事に大事に育てた『バラ』がね、わたしのせいで枯れてしまうって怒られたわ」


ミカミはカエデを抱きしめて、叩いてごめんなさい、と一言つぶやいた。
カエデはミカミの腕の中で静かに首を振った。


「あなたにどんな過去があって、セージがあなたの何を待っていたのか知らないけど・・・・もう、彼のアシスタントは辞めようと思ってる」
「でも、今、セージが、ミカミさんを失ったら、きっと、セージが育てたいバラの事、誰よりも理解してくれているのに、自分の身体の事以上に、つらいと、思います・・・新たにミカミさんのような人、探すの、大変だから・・・・だから、わたしは・・・・」
「あなたのその人の良さが腹が立つのよ・・・勝者の余裕?彼は私のものって?」


ミカミは少し笑ってカエデを離すと、じゃあ、と言って背を向けた。
スマートな動きで足早に去っていくミカミに、カエデは、

「教えてくれて、ありがとうございます」

とだけ、言った。


「もしセージが死んだら、私にも教えて。白いバラでも持っていくから」


とだけ、ミカミは背を向けたまま返事をして、階段を下りていった。
カエデは下で待っていたタクシーに乗り込むミカミを、その車の姿が見えなくなるまで見送った。

あまりの色々な事に、カエデの涙は止まらなかった。


その夜、『友人』である、セージの父親に、久しぶりに電話で連絡を入れた。


「庭の手入れを、させて欲しいんです。鍵は、貰っていて、まだ、返してないから」
「もちろん構わないけど、でも、仕事もあるんだろう」

と、彼は言った。

「彼が戻ってくるまでは、部屋の一つ、貸してください。朝と晩だけなら、手をかけられますから・・・そこから通います。でも、私、バラの事全然分からないので、できたら、一度教えてください。手入れするはずが、枯らしてしまったら悲しいので・・・・」
「もちろんいいよ、じゃあ、今度の週末に」
「一つだけお願いをしたいんです。お庭、手入れをする事、彼には言わないで下さい。だから、もし、退院が決まったら、私、その前の日に出て行きます。それから、私に、彼の病名とか容態とかを言わないで下さい」
「・・・また、それでいいの?」
「はい。友達として、庭と沢山の花とバラの世話をしにいくだけですから」


もし、セージの容態や状況などを聞いたら、いても立ってもいられず、泣いてしまうだろう。ミカミも同じに違いない。だから、入院先にも行かない。
でも、庭のバラの花だけは、彼の父に持っていって貰えたらいいと、思った。



*****



「ごめんねっ、キョーコちゃん!!」


キョーコの頬を叩いた際に美玲の綺麗な爪があたり、顔から少しの血を流したキョーコに、オーケーの合図が出てから、美玲が駆け寄り、その傷の具合を確かめた。

「大丈夫です、舐めとけば治りますからっ」

キョーコは美玲に笑って答える。
ごめんねえ、と言いながら美玲はキョーコを抱きしめて、メイクさんに綺麗に直してもらわないとね、と頬をもう一度よく見て言った。


休憩に入って、蓮は監督と共にどこかに消えた。
控え室に帰り、化粧でその傷を消してもらって、再びスタジオに戻る。


「キョーコちゃん、キョーコちゃん」


キョーコがお気に入りの『コーン』に似ていると言った男の子が駆け寄り、キョーコの膝の上に座った。彼は最後の場面のためだけに呼ばれている子役だったらしい。大空、と書いてソラです、と言った。空を駆け回りたいコーンのようで、キョーコは勝手に名前に感激をして、お友達になってください、と、言った。ソラにはキョーコが会うたびに声をかけていたから、いつの間にか仲良くなり、よくなついていた。

「痛くなかった?」
「全然!大丈夫よ」

キョーコの顔を覗き込み、綺麗に治っているようにみえる頬を見て、ソラは、

「大人の役者さんになると、あんなに思い切り叩かれる?」

と、少し怖そうに言った。

「あはは、お話にもよると思うけど、殆んどの人は無いんじゃない?特に男の子は」
「そう?良かった」


キョーコの膝の上で大人しく本を読むソラを、とてもかわいいなと思いながら、キョーコは整っていくカエデの部屋のセット風景を眺めていた。

モデルルームを輪切りにしたようなセットは、花に溢れている。
セージの庭から一本持ち帰ったバラのドライフラワーが、枕元に飾られた。
横に帰ってきた蓮が座って、キョーコが言った。


「なんだか、緊張します」
「大丈夫だよ、君はそのままでいてくれれば」
「ふふ」
「体調は、どう?大丈夫?」
「え、あっと、あの、はい」

思い出さないようにしていた事を急に思い出して、キョーコは真っ赤になった。
一日前は少し身体が鈍い気がして、一日部屋で静かに休んだ。
朝、蓮に挨拶に入るのも、かなり緊張していた。
一日、出来るだけそばに寄らないようにしていた。

「少し、心配してた」
「・・・・・・・・」
「キョーコちゃん、身体、よくないの?」

その会話を聞いていたソラがキョーコを下から見上げて、たずねた。

「全然!違うの、あの、」
「キョーコちゃん顔が真っ赤だよ。熱、あるの?」
「ない、無いの。大丈夫」

不思議そうな顔をしたソラに、蓮はくすくす、と、面白そうに笑った。


「ソラ君、このあとね、オレと彼女はとっても仲良しになる場面を撮るから、すごく恥ずかしいんだって」
「つるがさん!」
「恥ずかしいの?」
「・・・・・うん、みんなの前だから」

すっかり子供にやり込められて、キョーコはソラをぎゅう、と抱きしめると、

「子供はじっと見ちゃダメっ」
「ええ〜やだ〜キョーコちゃんの(演技)見たい」
「ヤダ、ダメなものはダメ〜!」


蓮は横でくすくすと笑いながら二人の様子を見守り、そして、正面を向くと、一つ息を吐き出した。









2010.03.28