バラの融点13







その日結局新開監督にオーケーを何とか出してもらったキョーコは、いつもどおり蓮の部屋で食事を作りたいと言って、そのまま蓮の部屋まで一緒に帰った。


「監督に言われたんだって?オレを恋人にしてしまえと」
「・・・そうですね・・・」

キョーコは冴えない返事をしながら、用意した食事を口にした。
そんなキョーコを見ながら、面白そうに蓮は言った。

「世間では、こうして一緒に生活をしただけでも、「恋人のようだ」と思って、まるで恋人のような気持ちになるらしい。そんな感じのところから感じてみたら?恋人ごっこ」
「・・・・・・・・」


恋人ごっこ、ね、と、キョーコはまるで他人事のように心の中で返事をした。

そういった記憶が無いなら、素直に受け入れることもできたのに、過去に一度、誰かのために食事を作ったり、帰りを待ったり、世話をしたり・・・・という記憶が体中鮮明に残っている。忘れようと思うのに、未だに心の奥にはトラウマのように鈍く刺さる。

その時自分は相手と「恋人ごっこ」をしていたのかもしれない、そんな雰囲気が好きだったのかもしれない。そんな自分を強く否定して、未だに恋愛など到底する気にもならない。だから、錯覚の中で生きる事を、今はあまりしたくはなかった。

きっと蓮に恋愛のことを相談すれば、彼のことだから「大丈夫」とでも言うだろう。キョーコが散々連ねる自分への否定的な言葉を全て裏返すだろう。
彼の言葉はいつもそうして、必ずキョーコの自分の心の中で叫んでしまう自分を否定する言葉を全て受け止め、何か別の言葉に置き換えてくれた。
それに、甘えてしまいそうになる。



蓮は、キョーコが物思いにふけり、一人百面相を始めたから、何か、恋愛に関する記憶を引っ張り出してしまったのだろうと思った。
キョーコの恋愛をよくは知らない。が、あまり触れたくない事、らしい。
いつもの優しげな面持ちと違って、表情が暗くなる。
未だに、吹っ切れていないのだろう。


キョーコは蓮を見あげた。
何かを思いながら。
視線に気付いた蓮は、いつもより随分と優しく微笑んだ。
キョーコはそんな蓮と目が合ってしまって、困り、俯いた。
少し照れて、頬を染めながら。
それを見た蓮が、

「そのまま、今の表情のまま、今日の場面の演技をしたら、きっと、監督はオーケーを出すよ。かわいい」
「へっ・・・・」

かわいい、とは何たる事。
そんな自由に使っていい言葉ではないじゃない、と思いながら、同時に、そうだ、恋人ごっこをしてしまえば当然のこと、これは蓮の思いやりなんだわ、とも思った。


「あの、監督と敦賀さんのお言葉に甘えまして・・・しばらく、映画が終わるまで、敦賀さんと恋人ごっこをさせてもらいたいと思いますので、よろしくお願いします」
「くすくす・・・・はい、どうぞ。寝込みを襲うなり、キスするなり、何をしてもいいですよ」
「え」
「恋人、だからね」
「そ、そういった具体的なのじゃなくて・・・監督がっ、精神的な、恋人にしてしまえって・・・言われて・・・・こ、心の恋人というかですね、せめて憧れなど、そんな感じで・・・」

としどろもどろに言い訳するキョーコを見て蓮はさらりと、

「心と身体を切り離す事なんてムリだよ」


と、言った。


「あの・・・・」
「いや、一般論だよ。オレと君との事じゃない。ムリと言うか・・・結局同じものだから・・・。心を追えば、最終的には具体的な所に辿り着くだろうと思うだけ。それを切り離すのはムリだと思うけど、もちろん別にオレとはフリだけだから構わないけれどね」
「過去の恋愛、から・・・?」
「そうかもね。だから、擬似恋愛が本物か頭では分からなくなって、君の身体がオレとしたくなったら・・・・お好きにどうぞ、と言っただけ。キスがしたいならキスしに来ればいいし、抱かれたいなら抱かれに来ればいい。オレはいつも成り行きに任せてるから・・・・」
「敦賀さん、彼女さんは・・・その・・・」
「いないよ」
「・・・・それと敦賀さん、今、成り行きに任せていると・・・私が、そうして何かしに行ったら、敦賀さんの中では区別はされないんですか・・・?」
「仕事ではもちろん区別するけど、プライベートでオレの部屋の中でオレの腕の中に収まる女の子に、その一つ一つの恋愛が擬似か本物か、なんて、恋愛を頭で考えないことにしてる。したいか、したくないか、それだけ。もちろん、その子の事が好きだという前提だけどね。好きだな、と思ったら、無意識に自分で振り分けてしまうものだと思ってる。・・・でも好きでもね、うまくいく事もあれば、好きで抱き合って、恋人同士なのに、とても寂しいこともある。そうなったら、また成り行きに任せる。そうしているうちにそのうち中々出来なくなってしまった。過去の経験から同じパターンを本能が排除したがる。それは君も同じだろう?」
「・・・・・・・・・」


蓮の恋愛の仕方はキョーコにとってよく分からなかったが、それは男の人だからだと思うことにして、今、蓮と、「恋愛ごっこ」なるものをあまりしたくはないと思ってしまう自分の拒否反応が、確かに蓮の言うことの一部を表しているような気がした。そもそも蓮の部屋にいるのもプライベートではなく仕事なのだから、自分には関係の無い話だと思えば。


「オレに幻滅した?」
「いいえ・・・」


ちらり、とキョーコは蓮を見て、蓮の言葉を自分に当てはめようとしているようだった。

「いや、心の動きだから・・・今オレとどうしたいと思ってみても、どうにもならないだろう?」
「そうなんです」
「フリの恋人じゃあリアルさが欠けるし、笑ってしまうし・・・・。かといって本当にオレを好きになれと言ってもねえ・・・・」


さすがに理論だけでキョーコを落とすのは無理そうだ。
蓮はそれ以上の言葉につまり、目の前の黄金色をしたスープを静かに食べた。
美味しい。
キョーコが蓮を好きになる前に、もう自分はすっかり落とされている、と思う。


食べたいか食べたくないか、したいかしたくないか。
人間のもつごくシンプルな感覚で生きている蓮は、今、目の前にいるキョーコを心から、「食べたい」。



静かに夕食を食べたキョーコが、夕食後、蓮の傍に寄って、


「頼まれていたものです」


と言って、二つの大きなものを持ってやってきた。


「何だっけ?」
「抱き枕です」
「あぁ、もう作ってくれたの?今日の大荷物の理由はそれだったんだ?」


キョーコは、どちらがいいですか?と言って、二つを見せた。


一つは、くったりとしたクマのぬいぐるみのようなもの。
もう一つは、羽のついた男の子のぬいぐるみだった。



「器用だね。どっちでもいいよ。でもなんで二つ?」
「あの、物書きの敦賀さんならバカにしないかな、と思って・・・」


と言って、キョーコは蓮の横に座った。


「まずは一つ、さわり心地のいい布に綿をつめるだけの長くて長方形の抱き枕、作ったんですけど・・・それはやめてしまって、自宅の自分用にしました。クマのぬいぐるみは、売っていたのを参考にしたんです。冬になれば、その中に湯たんぽなどを入れて抱きしめながら温まることも出来ます。それと・・・・これ・・・・・」


キョーコは、天使の方を手にとって、「久遠先生ならきっと、聞いてくださると思ったので」と前置きして、


「昔、子供の頃会った、私の妖精の王子様の姿を型にしたんです」
「・・・?」
「コーンという、妖精の国の王子様に会いました・・・。だから、コレは、コーン抱き枕。これ、この背中の羽は、絶対に取れません。あの、コーンは妖精だったんですけど、飛べないって言って悩んでいました。でも、羽がまだよく生えていなくて、子供だったから柔らかな羽ではうまく飛べなかったんです。だから・・・・しっかりしたとっても大きな羽を欲しがっていたんです。だから・・・・絶対に取れない大きな羽って思って・・・コレを作ったんですけど・・・・」


・・・・とそこまで言って、キョーコが、はた、と、我に返って蓮を見ると、蓮は、じっとキョーコを見ていた。



「お、おかしいですか?こんな夢物語みたいな話を先生にするなんて」
「いや・・・」
「本当に、コーンはいたんです。子供の頃会って、わたし、」
「大丈夫、大丈夫、信じているから。子供の目には、大人には見えないものがたくさん見えているから・・・・」


蓮はキョーコの頭を撫でた。
それだけでキョーコは黙ってしまった。
そして、その抱き枕を手にとって、


「器用だね」


と、感心したように蓮はキョーコに言った。


「君が・・・これをゲストルーム用に使えばいい。オレは、こっちのクマの方を貰うよ」


胴の長いくたりとした人形を手に取った蓮は、一度抱きしめて見せて、


「こうやって抱きしめて、眠るんだろう?」

冗談めかしてそう言った。


「そうです」


と言いながら、キョーコがもう一方の人形をぎゅうと抱きしめ、「もう、コーンは・・・大丈夫。これで、絶対に、ずっと飛べるから」と、人形に語りかけた。


それを見た蓮が、クマのぬいぐるみを間に挟み、ぎゅうとキョーコをそれは強く抱きしめて、


「作ってくれてありがとう」


と言って、しばらく離さなかった。

蓮の腕の中で徐々にキョーコの心拍が上がっているのが分かった。
そんなこともとても愛しく思いながら、蓮は、離してキョーコを見て、


「恋人だったら、今、キスをしてる所だね」


と囁きながら、キョーコに出来るだけ近づき、キョーコの頬に自らの頬を寄せて、もう一度抱きしめた。


「していい?」


びくり、と、キョーコの身体が震えた。

それが、蓮に直接伝わった。



「可愛い」



と言った声が、直接キョーコの耳に届けられた。


「つ、敦賀さん・・・・」


キョーコで遊んでいるのだと分かったのは、蓮が真っ赤になるキョーコを見て、くすくすと笑ったからだった。


飾ってあったバラに腕を伸ばした蓮が、枝を紙で包み、人形の腕に持たせた。


「恋人みたい?ドキドキしてる」
「もう、もう、敦賀さんっ・・・・」


キョーコは蓮の腕の中から何とか抜け出して、コーン抱き枕を腕にした。


「おやすみなさい、敦賀さん!」
「今の顔、そのまま持っていければ大丈夫。監督もすぐにオーケー出してくれるよ。かわいい」


蓮は出て行くキョーコの背中にそう投げかけた。


抱きしめられただけでドキドキして眠れないなんて、「まるで」恋に恋しているようで、すっかり監督に言いくるめられたと、キョーコは自分を戒めるべく、大きく息を吐き出した。




*****




そうしてコーン抱き枕を腕に抱きしめながら、その人形の額に自分の額を合わせて聞いてみる。


「ねぇ、コーン?もう一度、私に会いに来てくれない?そうしたら、絶対に取れない羽、私があげるのに・・・」


ぎゅう、と抱き枕を抱きしめて、そして、はたと、思った。


――・・・・・・何をやってるの、私ってば・・・・。


つい現実逃避をするためにコーンに話しかけてしまったと思って、起きあがった。
そして自分で作った割に妙に手になじむコーン抱き枕、それを抱え、水を飲みに部屋を出た。コーンだと思えば連れて行くこともまるで一緒にいるかのような気がした。


「コーン、いいもの見せてあげる」


しんと静まる静かな廊下で、小さくつぶやいたキョーコは、明かりが漏れている蓮の仕事部屋の前に立った。


蓮が起きているなら、少しだけ部屋に入れてもらって、窓から見える夜景を見せてあげようと思った。


蓮は先日仕事が終わったばかりだと言っていたのに、もう次の仕事をしているようだ。一体彼はいつ休んでいるのだろう。


キョーコは水を飲むついでにホットミルクを作って、蓮の仕事部屋を訪ねた。
念のためドアを叩くと、「どうした?」と言い、蓮がドアを開けた。


「眠れない?」
「いえ、水を飲みに起きて・・・明かりが見えたので、これ、ホットミルクです」
「あぁ、ありがとう。悪いね、わざわざ」
「もう、次のお仕事、ですか?」
「来月のアムアムの恋愛特集に数ページの書き下ろしの依頼が来ていてね。それが・・・好きに書いて欲しいと言ってくれていて、読んだ女性が恋をしたいと思うような話で、かつ、男女の恋愛も描き出して欲しいというのでね・・・。女の子が好きな物語りとは一体どういったものか、まだ考えてる所。あ、ちなみに持っていってもらう期日は来週末の午前中まで。何か希望があればそれを書くけど。・・・・・と立ち話もなんだから、眠れないなら入れば?今は恋愛の本を沢山並べてある。何か役に立つ本があるかもしれないよ」

蓮はキョーコを手招き、部屋の中に入れた。
部屋の中は、本棚から出された各種恋愛本で埋め尽くされていた。

キョーコは腕にしていたコーン抱き枕を椅子に座らせると、床に散らばる本のうち、最初に目に留まった童話集を手にとって、言った。


「私、童話が好きで、その・・・希望と言っても、お姫様が出てくるとか、妖精が出てくるとか・・・・そういうのならいくらでも話ができますけど、アムアムに載るような話の提供はできそうにないです。そんな恋愛玄人ではありませんし・・・むしろ、私がまずそのアムアムの恋愛特集で、一般女子の恋愛の法則を勉強しなければ。私の過去の恋愛はちょっと特殊だったので・・・・」
「・・・・・そう・・・・・・」



互いに会話が途切れて、ふと視線を窓のほうへずらすと、机の上に、耳に掛けたらそれは上品に揺れるだろう、ダイヤのついた美しいピアスが一組置いてあった。
どう考えても、蓮のものではない。
女性のつけるもの。


それを見たキョーコは、ドキリとした。
自分の知らない蓮の姿が、容易に想像できたからだった。
それをまとう女性の姿と、その横に立つ蓮の姿。
抱きしめる蓮と、衣擦れの音。
何か、大人の世界。
知らない世界。



それを見つめてしまったキョーコは、蓮に見つめられていることに気付かなかった。


「誰のものか気になる?」
「・・・えっ・・・・」


蓮はそう言うと、机に近寄りそれを持ち上げて、キョーコの耳の脇にかざした。


「残念。資料だよ。オレのやってるモデルのブランドの女性ラインの一つを貰ったんだけど。映画の台本資料に使ってた。もう少し先の部分でオレは君を抱くだろう?その時はコレを使って貰う予定。監督には言ってあるんだけど・・・・コレをイヤリングに作り変えくれるとブランドの方には許可貰った。それを映画では使うよ。君のものだ。他の誰かのものじゃない」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・誰のものだと思ったの?」
「・・・本当は、誰か大事にしていらっしゃる女の子がいて、忘れていかれたのだと・・・。でも私がいるので、このお部屋に遊びに来られず、お邪魔を、しているかもしれないと、思いました・・・・」
「くすくす・・・・いないと言ったのに、信じてないんだ?」
「あとは、誰か、過去の忘れられない方の置いていったものかも・・・と・・・・」
「・・・・・・・・」


蓮は窓辺に立ち、眼下に見える光の粒に目を凝らして、黙ってしまった。
一体何を考えているのだろう。
少なくとも五分は互いに黙っていた。



その様子を見ていたキョーコは、もし、自分が今、蓮と恋愛をしているなら、一体どんな言葉をかけるだろう?と、そんな事を考えていた。

今、蓮は、恋愛の事で頭をいっぱいにするようなことはなさそうだ。
今は、仕事の事で頭がいっぱいだろう。
来週までと言っても、その間に人の数倍仕事が入っている。
彼はいつ話を書き、いつ眠るのだろう。
このままこの生活を続けていったら、いつか、彼は・・・・と、少し嫌な想像が頭を駆け巡った。といっても、受けてしまっている仕事は彼なら全力でやるだろう。


そんな彼に、自分がもし彼女ならかける言葉。かつてのように、散々蓮のテンションを上げるような言葉をかける?慰める?大丈夫です書けます、と言う?一緒に話を考えようとする?自分の好きな話をとことんする?それとも、何と言ったらいいのか分からないから、抱きしめる?でも、それじゃ何も解決しないし・・・。どうしたらいいの。


もう三分ほど考えたキョーコは、少し難しい顔をして、立ち上がった。


「敦賀さん」
「何?」

振り向いた蓮の背中に、コーンの抱き枕を当てて言った。


「コーンの羽、特別に敦賀さんに貸してあげます。これで、飛ぶように・・・書けるようになります」


慰めるなんて偉そうな事はできそうにないし、大丈夫なんて言うのも、まるで考えていないみたいだし、話を一緒になんて考えられそうにないし、自分の話をするなんてできないし、抱きしめるなんてこともできそうにない。

思いついた全ての案はキョーコの中で却下の上消火されてしまったから、最後に残ったのは、元々蓮に貰って欲しかった抱き枕のおまじないの話だけだった。

「・・・・」

「私には、敦賀さんのそうしたお仕事には何もしてあげられないですし、力にもなれないですから・・・・。あの・・・・本当は、こっちの抱き枕を敦賀さんに渡したかったんです。・・・・敦賀さん、前に空を近くで見たかったって・・・。昔、コーンも言っていました。『空を自由に飛びたい』って・・・・。これで、飛べますから・・・・。絶対に羽は取れないですから・・・取れそうになったらもっと頑丈にわたしが直しますから・・・・」


――おねがいだから、敦賀さん、バカにしないで・・・・


それだけが、キョーコの願いだった。
キョーコはうつむき加減に、まるで祈るかのように、それを肯定して欲しいかのように、呟きながら、蓮に願いをこめた。
蓮が肯定してくれる事で、コーンの願いを同時に叶えようとした。
キョーコは蓮の背中にぬいぐるみを押し付けて、額を背中にぴたりとつけた。
しばらく、キョーコがこめた願いを、蓮は背中で受け止め続けた。
少し振り向けば、自分の背中に生える小さな布製の羽が見える。


何を思ってこの抱き枕を作ったのかを思う。
体じゅうにキョーコへの愛しさが広がる。
今、キョーコを限りなく抱きしめたいこの衝動は、どうしたらいいだろう。
今、キョーコに限りなくキスをしたいこの衝動は、どうしたらいいだろう。
恋愛とは、頭でするものではないと、先ほど自分も言ったばかりなのに。
心と身体は切り離せないと、言ったばかりなのに。
冗談なら抱きしめられるのに、本当に抱きしめたい時に抱きしめられない。
こんなに、もどかしいのは、初めてだった。


蓮は、後ろを向くと、キョーコの手から抱き枕を取り、そして仕方なく「コーン」の額に口付けた。


「・・・・・それで、作ってくれたんだ?」
「わたしの知っている男の人は、みんな、空を高く飛びたいって思っているみたいです」
「じゃあ、アムアムの仕事は、飛びたいと思っている男の子を応援する女の子の純粋な話にしよう。君みたいなね。何かの羽も生やしてあげよう。男の子の名前はじゃあ、外国名で「コーン」にして、じゃあ、君の好きな海外の童話のような話にしよう。羽を生やして、大空を飛ばしてあげよう・・・・。どう?」

蓮がそういうと、キョーコの目は驚きと戸惑いと、そして、少しだけはにかみながら、嬉しそうに笑った。

「じゃあ、そのコーンについて、知っていることを教えてくれないかな?取材、させて」

蓮はキョーコにいすに座るように促すと、キョーコはちょっと待ってくださいね、と言って、蓮の手からコーン抱き枕を借りて、窓辺に立った。


窓辺でキョーコはコーンの抱き枕を抱きしめながら、外の夜景をしばらく眺めた。



――コーン、見える?日本で一番明るい夜の風景。どう?飛べそう?



「コーンに、空を飛んでもらおうと思って・・・・綺麗で明るい風景の中で・・・・」



キョーコはそう言いながら振り返り、蓮に人形を返した。


「いや、いいよ。それは君が持っていて。オレは、君がそれを持っていてくれる方がいい。たまに触らせてもらえたらそれでいいから・・・」
「・・・はい」」


蓮はその人形の羽を一度撫でて、そして、キョーコへ返した。
キョーコは蓮の前に座り、蓮は机の上のノートを取り上げた。


それからキョーコは『コーン』との思い出を一から蓮に語った。
それは嬉しそうに。懐かしそうに。
最後に、大事にしていた石を、取って来て見せた。


「これが、本当に会った証拠です」
「なるほどね・・・」

黙ってにこやかに聞いていた蓮はそれだけ言った。


「つ、つまらなかったですか?お話になりそうにないですか・・・・?」
「いや?とても面白い話になりそうだと思うよ」
「そうですか・・・・お役に立てたなら、お邪魔してしまった甲斐もありました」
「昔の詩人が・・・真実は小説より奇なり、と言ったけれど・・・君の現実をうまく物語にして橋渡しができるように、オレもがんばってみるよ」


蓮はにこり、と笑い、キョーコはほっとした表情を浮かべた。


「教えてくれてありがとう。少しまとめてみるから。君は・・・・もう、眠れそう?」
「はい」


片手に抱き枕、片手に空っぽになったホットミルクのマグカップを二つ持って立ち上がったキョーコは、おやすみなさい、と言って、頭を下げた。


「おやすみ、最上さん」


蓮は両手のふさがったキョーコを抱きしめて、そして、肩を両手で支えると、そっと頬に口付けた。


蓮にとって今、唯一の、とても静かな安らぎの瞬間。


「我が家での恋人ごっこはこれぐらいにしておいてあげよう。じゃないとセクハラよって君に訴えられてしまうからね・・・・」


蓮は冗談にするべく、くすくす笑ったのに、一方でキョーコは、頬にまだ残る蓮の柔らかな唇の感覚に真っ赤になったまま、



「すみません・・・・」



となぜかあやまり、ぺこり、と頭を下げて、部屋をあとにした。



そして、さめない頬の熱を冷まそうと、蓮の新たな仕事のことで頭をいっぱいにして、一体どんな話に仕上がるのかしら、と、世界で一番に読めるだろう事を期待しながら、ベッドに納まった。















2009.10.25